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教育における「先行者不利益」問題

 トヨタが世界初の量産燃料電池車を発売するなど,FCVの開発が進展する一方で,水素ステーション整備は遅れが目立っている。その理由は,水素ステーション事業が「先行者不利益」に陥っているからだそうだ。

 今年設置した水素ステーションより,東京オリンピック後の2021年に設置した方が,黒字転換が早いという試算がある。

 産業界でのこのような「先行者不利益」問題は,教育界でもあるのだろうか。

 学校ではICT関係の研究が進められており,タブレット機を購入させて授業で活用している学校もあるが,それを導入した場合と,それにかかった費用を別の面の環境充実にかけた場合とでは,どちらがより大きな成果が出せたかというと,答えは簡単ではない。

 教育の現場での「新しい取り組み」の多くは,一時的なブームや関心の高まりを背景にして,成果が出ているように見えるものもあるが,学習後に,たとえば資料などをもとに,自分の考えをしっかりと書かせるような問題を解かせて結果がよくないようでは,「何もしなかった方がよかった」と思わざるを得なくなる。

 ICT機器を活用して授業を行うと,子どもは「わかったような気分になる」ことが最大の落とし穴である。

 授業後には,「わかったかどうか」というアンケートだけではなく,

 「わかっているかどうか」がわかるようなテストをして,「感覚」と「実態」に乖離がないかを確かめる必要がある。

 しかし,研究校の発表で,「乖離がある」ことを堂々と述べられるような度胸のある人間はいないだろう。

 科学者の論文しかり。結論が先にありき。~の導入は役に立つ。

 それを物語るデータ「だけ」を集めて公開すればよいのだ。


 また,雑誌でも何でも,「新しいもの」への食いつき度は半端ないが,

 「実際に行わなければならないはずのことが行われていないこと」への反省・振り返り,改善の努力には関心が向かない。

 たとえば,学習指導要領の総則も理解できていないような人間が多いから,

 本来は「それを行うのが当然」という学習が,年間指導計画のなかですら位置付けられていなかったりする。

 大学では,「アクティブ・ラーニング」を通して,「最低限の指導」のあり方をぜひとも理解させたうえで,単位を出してほしい。しかし,残念ながら,「C」がついても単位は単位である。

 大学には「最低基準の保障」など,どこにもない。

 話がそれてしまった。


 教育現場では,「先行者」は損をしている場合が多いと思われる。

 しかし,「先行していること」に取り組んでいる雰囲気というのは大事である(もって1~2年にすぎなくても)。

 将来,どんな失敗が待ち受けていようが,挑戦的な起業を行う人材は,このような前向きな「教育の失敗」から生まれてくるのかもしれない。

 残念ながら,このような希望的観測を信じる親世代は少数派だろう。

 だから「先進的」なことをしそうな学校に,親世代は背を向けてしまい,

 「伝統的」な受験指導を行う学校に目を向ける。

 「先進性」を信じて子どもを通わせてくれる親のためにも,教師たちは「精一杯の失敗」を誠実に乗り越えていかなければならないのだろう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より