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教科の学習リーダーを育てる発想

 久しぶりに他校の「授業研究会」に参加したので,感想をもう一つだけ。

 その学校では,授業の開始時に,「教科の学習リーダー的生徒」が,2人1組で,本時のねらいを発表したり,前時の学習のふりかえりをしたりしていた。

 協議会では,「本時のねらい」が,子ども目線の言葉ではなく,教師の使う言葉そのままだったことの指摘があった(つまり,教師にやらされているだけだった)が,私がそれ以上に気がかりだったのは,

 子どもが「穴埋め問題」を出していたことである。

 社会科の学習では,「丸暗記」の象徴である「穴埋め問題」というのは,

 最も「低品質,低レベル」のものとして,敬遠されているものである。

 安易な入試問題や安い問題集ではよく見るが,「穴埋めはできるが説明はできない」と批判されるように,

 こういうことを授業でやっているレベルだと,子どもの学力は向上しない。

 理解していない=知識とはいえない「単語」がわかっている程度で終わってしまうのだ。

 「質問の答えを単語で答えさせているうちは,社会科教師として最低レベル」という評価が下される。

 だから,教師は「子どもが語れる質問」を投げかけるべきだし,

 子ども自身もお互いにそういう質問を投げかけ合うことが大切である。

 日常会話においても同じである。

 生徒会の活動や,部活動ではもっと「言語活動の充実」が重視されてもよいだろう。
 
 授業参観させてもらった学校の子どもは,

 日常的な教師の姿をそのまま体現してしまっていたように思える。

 もし,教科の学習リーダーがいて,その機能をしっかり生かそうとするのであれば,

 もっと「子どもらしい発想」で語らせるべきである。

 極端な話,教科の学習リーダーが出した問いがもとになって,子ども同士の問いの投げかけ合いが始まり,50分間がそれで過ぎてしまうこともあり得るというくらいの教科が,社会科であるということを大切にしてほしい。

 あまりに「形式主義」「学習形態重視」が過ぎると,

 変化に対応できない・・・というより変化に対応する気のない役人が増えてきそうで不安である。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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