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都立入試の社会の大問1の問1は・・・・本当?

 昨日実施された東京都立高校の入試問題を見ました。

 社会科の最初の問題を見て,地形図の地点を Geogle Earth (ストリートビュー)で確認したら・・・・やっぱり。

 この程度の傾斜では,

 「斜面に果樹園が広がっている」様子は,目では確認できないはず!

 身長が2m以上あっても難しいのではないかな。

 まず,「斜面」であることもなかなか実感することが難しいのが本当のところ。

 つまり,〈この調査地点で分かったこと〉・・・ではないのでは?

 私は,入試問題をつくるときは,必ず現地に行って調査しています。

 すると,建物が邪魔していたり,傾斜がないと遠くは見通せないのが一般的。

 景観写真を撮るのも,けっこう至難の業です。

 繰り返しますが,斜面とっても,扇状地程度の傾斜では見渡せない。

 それに,扇状地の果樹園といっても,規模は様々。

 どのくらい先まで「広がっている」かは,地上からは木が邪魔して見えないのです!

 問題を解き間違えた中学生はあまりいないと思いますが,

 もし実際に見えていないものが「分かった」としているとすると・・・いかがなものかな?

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社会科」カテゴリの記事

コメント

コメントありがとうございました。

私は同じような地形の場所の調査を何度も行っていますが,地上から

「ああ,ここ扇状地だな」なんてわかるようなところは滅多にありません。

木が生えていたら,向こう側の景色は見えなくなるのです。

果樹がたまたまたくさん植わっているようなところもあれば,本当の「果樹園」もあります。

その違いを「地点」から区別することは可能でしょうか?

景観観察とは,そんなに容易にはできません。

「なだらかな斜面」が実感できるのは,草原のような場所だけでしょう。

ストリートビューを見ていたら,南側は水田ではなくなっているところも多いですね。

「地点」というのはそのまま読むと「点」ですから,言い逃れができないミスのような気はします・・・。

実感はEarthよりも,Googleストリートビューで確認した方が確かかなと思います(幸い,この地点はストリートビューで確認できますね)。
斜面の実感は際どいところかもしれませんが,果樹園であることはうかがえます。
ハウスっぽい骨組みも確認できますし,見えなくはないんじゃないかなと思います。
実際には,イの地点よりもう少し南の場所の方が果樹園が広く分布している様子は見やすかったでしょうね。
あくまでストリートビューで見る限りという但し書きが付きますが。

校正・素読みの段階でストリートビューなりでも事前確認してたら,イの地点はもう少し南側になってたかもしれませんね。

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  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
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    「楽毅」第四巻より
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