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「考える道徳」のメッセージ~「道徳地獄」に陥らないために~

 平成30年実施に向けた動きが本格にスタートした「道徳科」ですが,最大のネックは「学習の評価」にあると考えられてきました。

 しかし,「考える道徳」を主たるメッセージにすることで,たとえば「ドイツにおけるイスラム排斥の動きをどう考えるか」といったほとんど「社会科」の学習内容に近いものが「評価」の対象になり得てきます。

 「寛容」「異文化理解」という道徳的価値に主眼をおけば,「それはなし」という話が「正解」かもしれませんが,要は「正解」を求める学習ではなく,

 「よりよい改善策を練る」ことが大切になっていくのでしょう。

 身近な生活の一つ一つを細かくチェックされ,

 「減点方式的」に

 「あ,それ,道徳科の減点材料ね」

 などと脅かされ続ける子どもの身になってみると,

 学校がそうとう窮屈な,子どもにとってみれば

 「道徳地獄」に見えるようになるかもしれないことを念頭におきつつ,

 今から「べからず集」の作成を先に初めておきたい気になってきました。

 NHKのニュースで流れた小学校の道徳の授業で,

 あくびをしていた何人かの小学生には「素直でいい子どもたちだ」という印象を持ったことを,

 最後に付け加えておきます。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より