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若い先生たちのために何ができるか?

 「学校教育の失敗学」という副題がついた光文社新書の新刊を読んだ。

 教員の「残念な状況」はよくわかった。

 これからの課題は,「では,どうするか」である。

 この本に書いてあることが,「残念な教員」を「有望な教員」「信頼できる教員」に変える力をもっているか。

 私のブログの当初のタイトルは,「教育失敗学」であった。

 「失敗の原因」を探り,その状況を把握し,改善の努力に結びつけばよいと考えていたが,

 厳しい学校現場の切なる願いは,

 「では,どうしたらよいのか」という「処方箋」の提示である。

 子どもには,「課題を発見し,解決する能力の育成」を求めていつつ,自分たちはそれができていない・・・というか,本気で取り組もうとしていない。

 もちろん,「特効薬」などないことはわかっているはずだが,すぐに成果が出せそうなものに飛びつく。

 子どもと同じレベルである。

 個人の問題ではなく,組織の問題を解決するには,個人レベルではどうしようもないこともある。

 学校の組織の問題ではなく,行政レベルの問題があることもこのブログでは何度も訴えてきた。

 どのように教育改革を進めていくか。

 どのように教育を創造していくのか。

 その答えを探っていくために,タイトルを現状に変えた。


 今は,「アクティブ・ラーニング」に期待の目が寄せられ始めている。

 教育雑誌の特集のタイトルを追っていけば,そのときそのときの「注目の的」がよくわかる。

 しかし,そんなことはとっくの昔からやってきたことで,今更ああだこうだ言っている場合ではない,というのが特に小学校の教師の感想だろう。

 私は,「進んでいる」ことを自負している小学校教育の「裸の王様ぶり」も,何度も指摘してきているが,

 教育問題の検討の方向性は,本当に混乱を極めるばかりである。

 
 時間が過ぎるのは早い。

 ブログを始めて10年が経過しようとしている。

 
 若い先生たちのために,何ができるかを真剣に考えて,実行に移さなければならない。

 「次の10年」のための準備を始めることにしよう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より