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教師への反抗が褒められる時代に

 体罰をはじめとした教師からの「即効性や強制力のある指導」に対して,毅然とした態度で反発できる生徒は少ない・・・というかまずいない。

 反発できないことを前提とした圧力を教師は加えることがある。

 指導力がある教師の場合は,わざわざ反発を招くような叱り方をしないですむのだが,指導力不足の教員に感情むき出しの態度に出られると,それだけで条件反射的に反抗する子どもは一定数存在する。

 最近は,教師が体罰ができないことを知っての挑発行為を子どもがするケースもあるようだが,こういう場では教師の腕の見せ所である。

 子どもに「正しい反抗の流儀」を教えてあげることが,体罰をはじめとした教員による人権侵害行為や違法行為を抑止する効果が証明されれば,子どもと指導力不足教員との関係は劇的に変化するかもしれない。

 子ども対子どものケンカになってしまうようなケースでは,冷静な目で「教師の子供っぽさ」を査定しなければならない。

 注意をするときの言葉のかけ方,かけた言葉の内容も,査定の対象になる。

 こうして子どもを利用することは心苦しいが,少なくない子どもたちの不幸を救うための方策の一つになるかもしれない。

 子どもが不登校になる原因は「友人関係」というのが最も多いとされているが,「隠れ原因」は山ほどあり,その中のひとつが,指導力不足教員にとっては「たいしたことのない一言」であることも考えられる。

 「私はそんな重い意味を込めて言ったわけではない」という自分の側の都合を言い訳として話しても意味はない。

 要は相手がどうとったかということが重要なわけで,たったそれだけのことすら理解できないのが指導力不足教員の特徴でもある。「いじめ」の定義すら理解できないような教員が,どんなトラブルを引き起こしてくれるかは全く予想もできない。

 悪条件下で決めさせられたルールを無理に守らせようとする教員を撲滅するために「法教育」は有効的かもしれない。

 多くの中学校教師が「道徳」の指導を苦手にしている理由は言うまでもない。

 自分が「道徳的でない」ことを自覚しているからである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より