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中学校の良きリーダーは必ず現われる

 久しぶりにコメントをいただいたので,少し補足しておきたいと思います。

 昔から,国立や私立中への受験者が多く,公立中に進学するときに上位の子どもが抜ける地域では,「人材不足」を嘆く中学校教師がいるのは確かです。

 私立中や中高一貫校に抜ける小学生が増えた結果,中学校では評定で「5」がとれる生徒が減っていく,という印象があります。絶対評価になった影響で評定はインフレ状態となったため,今では相当な数の「5」が出ていますが。

 しかし,当然ですが公立中に進学する優秀な子どももそれなりにたくさんいるのです。

 というより,中学校がしっかりと教育して,育てています。だから,東京都の場合,日比谷や西高校などに高校から優秀な生徒が進学していくわけです。

 また,小学校とは異なり,中学校では生徒自らがつくりあげていく行事の回数が増えていきます。

 部活動も始まります。

 こうした経験の中で,決して学力は上位ではなくても,クラスを引っ張っていったり,部活動を動かせるようになる中学生は現われてきます。

 小中が実質的に一貫校になっており,人間関係がほとんど変わらないという地域もあるでしょう。

 それでも,「中学校になってがらっと変わった」ように思える子どもは少なくありません。

 小学校では,~さんがいたから,いじめられそうなときも守られてきたのに・・・というときの~さんが,私立に行ってしまうような場合,「守られてきた子ども」やその保護者は不安になるとは思いますが,第二の~さんはきっと現われます。驚くべきことに,「守られる立場」だった子どもが,逆にだれかを「守る立場」に変わることもあります。

 中学校は,だれがどれだけ伸びるか,全く予想が立てられないという「可能性の場」と言えます。
 
 学校では,そういうことを意識しながら子どもを教育するべきですし,基本的には子ども自身の「自ら成長する力」を信じて子どもに接するべきです。

 どうしても統廃合が難しいという地域の方には,このような言葉を投げかけたいというのが私の気持ちです。

 「極小規模の小中一貫は問題しかない」という決めつけはよくないでしょう。

 こういう学校こそ,相当高い教師の意識が必要ですし,そういう高い意識をもった教師がきちんと配置されていくことを期待したいと思います。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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    「楽毅」第二巻より