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教員をやめたくなったとき,だれに相談しますか? その2

 「教員 辞め時」というキーワードでのご訪問があって気になったので,「教員をやめたくなったとき,だれに相談しますか?」という記事の続編を書いておこうと思います。

 以前に記したその記事は,教員採用試験の面接で問われた場合の答え方について述べたものでした。

 ですから,現在は教員で,本当に教員を辞めたいと考えている方には参考にならない文章でした。

 ここでは,もし本当に辞めたいと考えている人に私がアドバイスするとしたら,どんな言葉をかけるかを記しておきます。

 まずは,理由をお聞きしなければなりません。

 そして,「本当は辞めたくないのだが」という経緯がある場合と,

 「本当に辞めたい」という場合を分けて考えます。

 「本当は辞めたくないのだが」という場合は,原因は同僚や管理職や子どもや保護者など,「自分以外の人のせい」か,「子どもと話がうまくかみ合わない」「子どもが自分の話を聞いてくれない」「授業の教え方がうまくない」などという「自覚」にあると考えられます。

 いずれも,実は「自分の問題」に還元することが可能です。

 人間にとって,自信や誇りが持てない仕事は苦痛以外の何物でもありません。

 ただし教育の場合,教師自身は何もできないことを装ったり,実際,何もできなくても,子どもがすくすく育つ場合があります。何もできない図太い神経のキョウインは,実際に少なくありません。そして,このキョウインたちにとって大事なのは,まさに「図太い神経」をもっていることであり,「堂々としていること」に尽きます。

 結果として,子どもがまっとうに成長し,キョウインを軽蔑できるようになることは,教育の成果であると言うこともできます。

 しかし,「教員をやめるべきか」と迷ってしまうような人には,こういう「図太さ」はないわけです。ですから,本当に何もできないのであれば・・・・どんなに研修を積んでも自信がもてないのであれば,自信がもてないということを理由に,お辞めになることを薦めます。自信がない人,たよりない人でも逆に生徒に「守ってあげる」などと言われていい気になれるのは高校くらいなものです。

 問題は,「本当に何もできないか」「できるようにならないか」です。

 努力をしてもらいたいですね。努力ができない人なら,辞めてほしいと,心から思います。

 さて,複雑なのは,同僚や管理職,保護者とのやりとりのなかで,「辞めろ!」などと言われた場合。

 必要なのは,「開き直り」ですかね。

 具体的な問題を起こしていない教員を,辞めさせることはできないから,相手は自分から「辞める」というのを待っている,という場合です。

 「おまえこそ辞めろ!」なんていう逆ギレはさすがにできないでしょうが,管理職がコミュニケーションをしにくい相手だと思ったら,ぜひ教育委員会の指導主事さんにお話してみてください。教員からの身の上相談なんて,滅多にありませんから,親切な人なら逆に食いついてきてくれます。教育長さんという人は,学校現場を経験していない人も多いですから,もっと次元の異なる相談ができるようになるかもしれません。

 教師にとっての,「よき教育者」とは何でしょうか。

 「よき教育者」とは,「よき理解者」でもあるはずです。

 「よき理解者」がいない,という孤立感は,「よき理解者」をたくさん保有する(?)私には想像することができませんが,きっとつらいものでしょう。

 教員なら,そのつらさも,子どもの笑顔を見れば吹っ飛ばせる,という人であってほしいですが,それすらないのであれば,辞めていただくのが正解だと思います。

 つまり,子どもたちの「よき理解者」に自分がなれるかどうかを,私は問いたいのです。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より