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歴史から学べない人たち

 天皇陛下のお言葉も重いものですが,日本人というものは,長い歴史をもつ国で生きていながらも,歴史から学ぶという「歴史」が浅い人間たちだと思われます。

 有名な話では,伊藤博文がヨーロッパで成立したばかりの国の学者から「歴史から学ぶことの大切さ」を教わったということで,江戸幕府の政治を否定するところからスタートした明治の人たちには「歴史から学ぶ」という発想がなかったわけです。

 単純な論理として,「~時代はこうだった」という意見に対して,「今は~時代ではない」とつっぱねて思考停止してしまうような態度では,過去は何の価値もないものになってしまいます。だから同じ失敗を延々と繰り返すことになるわけですね。

 歴史の授業を受ける意味を全く感じずに教室に座ってただ暗記していた子ども時代が気の毒でなりません。

 歴史を学ぶ意義を教えてくれない先生に出会ってしまったことが不幸でなりません。

 呪文のように,「今は縄文時代じゃない」「今は武士の時代じゃない」と繰り返していた様子が目に浮かびます。

 「~時代には,~はいくらでしたか?」なんていう反応をする子どもはいないと思いますが,「~時代にはまだ~もなかったでしょ」という論理だと,

 スマホがなかった数年前と現在も比較できないことになります。

 歴史から学ぶ発想がある人は,「~時代も同じように(あるいは~は今と違って)~だった」という話を聞いたときに,すぐに当時の時代背景を思い起こし,現在との共通点や相違点に目が向かうようになるはずなのです。

 これはごくごく初歩的な「歴史的思考力」です。

 過去に照らして主張される内容を否定するのは,背景を探った結果,その主張が正しくないことの論拠を見つけてから行うべきなのです。

 それを,「今は~時代ではないから」という思考する前の段階で否定するようなことを,「思考停止状態」とよぶのです。英語では「paralysis of the brain」という表現がこれに当たります。

 歴史に学べない人たちが追い求めるのが,ただ目の前の「感動」にすぎないことはよくわかりますね。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より