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英語教育におけるICT機器の利用

 英語の学習ができる無料のアプリをいくつか試したみたが,やはり有料のアプリにはかなわない。

 音声認識もなかなか厳しくチェックされるので,1回でクリアできない文も多い。

 そのあたりは甘くジャパニーズイングリッシュを認めてほしい気もするが,それだけネイティヴと話せる英語を訓練したい人にはもってこいだろう。

 このようなアプリは,小学生にもってこいだと思われる。

 家庭でもどんどん学習を進められる。

 学校では,持ち運ぶとやはりiPadなどは落としたりして液晶画面を破損するおそれもあるので,小規模化して空き教室が増えているところではそれを利用し,英語教室を1つ用意して学べる環境がつくれるといいだろう。

 そもそも持ち運べるように軽量化されているICT機器だが,学校では場所を固定しておいた方が無難である。

 高校生段階では,個人でスマホを保有する生徒も多いので,その利用を許可して進めていくことも可能だろう。

 英語は,コミュニケーションの手段であり,それ自体を学ぶことを教育現場では目標としていない。

 機器と対話するような形で学習が進められる環境は,1人とか2人といった教師と30~40人の子どもが学ぶ日本にはぜひとも手に入れたいものである。

 NHKのプロフェッショナル仕事の流儀に登場していた中学校の英語の先生(今は大学教授になってしまっている)の授業は,中学生というよりも,むしろ小学生向きである。

 ここにICT機器があればもうこわいものはない。

 子どもが各自のペースで英語によるコミュニケーションのスキルを身につけていける環境を,小学校でぜひ導入してほしい。

 絶対にやめてほしいのは,発音が正しくない教師による一斉指導である。

 それは実は,中学校の英語の授業にも言えることでもある。

 ICTの利用は,ぜひとも英語教育の世界でどんどん進めてほしい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より