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効率を優先すると必ず失われるものがある

 『どんな事務仕事でも「雑務」と呼ばない人を教員に』という記事の続編である。

 現在,通知表をパソコンで打ち出している学校はどのくらいになっただろうか。

 昔は,1~5やA~Cの評定・評価をはんこで押していたものである。

 そして,何人かの目で,原簿と照合し,誤りがないように確認したものである。

 「こういう事務仕事は雑務だ」「子どもと接する時間を減らす」「教材研究にさく時間を増やすべきだ」などという声のもとで,その「照合作業」すら怠るようになってきた。

 だからどこかの市のように,通知表の内容を事前に通知するようになった。

 これこそが「雑務」である。

 かつては,1つ1つのはんこを押しながら,

 「ああ,この生徒は美術が1つ上がったんだ」とか,

 「あれ,本当にこの生徒の数学の評定は3なのかな」などと,生徒一人一人の顔を思い浮かべながら,また,通知表を手渡すときに,どのようなやりとりをするかを考えながら,作業をしたものである。

 学級担任が,教科担任のつけた評価の誤りに気づき,保護者の手に渡る前に修正できたこともあった。

 私のコンピュータ活用歴は,「桐」に始まる。

 ソフトとの出会いは「桐」である。若い方は,何のソフトかご存じない方も多いだろう。

 成績や進路情報の処理のために,「一太郎」や表計算ソフトよりも早くに習得させられてしまったのである。

 コンピュータを使って,進路情報に関する受験する学校別一覧表,クラス別一覧表,男女別,成績別一覧表,進学先一覧表,合否一覧表などを即座に打ち出して,担任の先生方に渡すことができる。

 今ではアクセスを使うまでもなく,エクセルで十分に作業ができる。

 こういうことができる私が,「通知表は手書きがよい」と主張していることの意味をしってほしい。

 他のクラスの通知表を打ち出す作業をしたくないとは言っていない。

 そんなことは,ほんのわずかな操作で可能なのである。

 効率を優先すると,必ずたいせつな何かが失われる。

 そう,あなたの職が失われる日が来るかもしれないのである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より