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成績のあがる勉強法

 勤務校の図書館には,私が生まれる前に出版された本がまだたくさん置かれている。

 昭和35年に出版された『成績のあがる勉強法』(牧書店)の初版本が手元にある。

 本の背に金色で印字されたタイトルが『成のあがる勉強法』となっているから,ある意味で「貴重本」と言えるかもしれない。

 しかし,本を開いたとたん,とにかく驚きを禁じ得なかった。これはまさしく貴重な本である。

 amazonで検索しても,見つけることはできない。

 著書は学習心理学等の研究者で,1960年代から70年代を中心に多くの本を著わしている小口忠彦さんという方である。

 大学の教職課程で教育心理学を学んだ人や,放送大学で学習心理学を学んだ人はご存じかもしれない。

 各章のタイトルは次の通りである。

1 能率のあがる勉強のしかた

2 グループを利用する勉強のしかた

3 きらいな科目の勉強のしかた

4 自信をつけよう

5 よい習慣をつけよう

6 応用する力をつけよう

7 明かるい(ママ)気持で勉強しよう

 50年以上前の本だが,どの章のどんな内容をとっても,今でも文句なく通用する。

 ここで紹介するのは一つだけにするが,これから継続的に取り上げていきたい。

 内容のうち,経験したことがない人は,そんなことに意味があるのか?と思われるかもしれないものもあるが,私自身がそうだったし,子どもたちにも話してきたものがある。

 「図や絵をつかっておぼえる・・・図式的記憶」

 現在では,大手企業のやり手たちがプレゼンに使っているような図式を,中学生でも書ける時代になっている。

 しかし,著書で紹介されているのは,次のようなものである。

>たとえば,Springという単語がなかなかおぼえられないばあいに,「あの本の左のページのまん中あたりにある単語だ。」といったぐあいにおぼえるとしたら,図式的に記憶することになるわけです。

 もし,初耳だった人は,試験のときに,「あの内容は,先生が黒板のこの辺の位置に書いたことだったかな」と思い出した経験がないか,ふりかえってみてほしい。

 「ヒノマルとダルマ」による記憶とは何だろう。

>このやりかたも,なかなか便利です。たとえば,どうしても忘れてはこまる重要なことがらや,忘れそうであぶなくてしかたがないようなことがらがあるばあい,そういうところへ,ヒノマルなりダルマなり,そこがほかのところから,くっきりと浮きでるようなしるしをつけておくのです。そうしたら,「あっ,ヒノマルだ。」「そら,ダルマだ。」といったぐあいに,アタマにとどまりやすくなるから,記憶するのに,大へんつごうがいいのです。

 中学生が読みやすいように,やさしい言葉で書かれていることも気づかれたかもしれないが,何よりも心理学で学んだ知識をもとにすれば,説明がつくような「記憶法」であることはたしかだろう。

 受験前に中学生に話したい内容もたくさんある。

 類書はいくらでもあるし,塾が出している雑誌にも特集されているが,内容はおそらく50年前のこの本とあまり変わっていないだろう。

 過去に当たり前だったことが,今,「真新しく感じる」ことは,エンターテイメントの世界では歓迎すべきことかもしれないが,学問や教育の分野ではいかがなものだろう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より