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偉そうな口のきき方に腹を立てる「心の小ささ」に気づくまで

 歳をとってくると,たいしたことには腹を立てなくなるものである。

 若い頃は,子どもたちの偉そうな態度にいちいちむかついていた教師たちも,

 「背伸びしたさ」がいじらしく見えるようになると,ついつい顔がほころんでしまう。

 「この私でさえ」という言葉を今ここで書いても,私を知らない人には何のことか想像つかないだろう・・・・・

 と書けば,想像してもらえるだろうか・・・。

 「上から目線が気になる」のは,精神面ではつねに「下っ端」の人間である。

 いい会社の社長が,部下をさして「あいつの上から目線が気になる」ということはない。

 逆に,新入社員が立場をわきまえず,「上司の上から目線が気に入らない」という愚痴をこぼすことはあるだろう。

 他人の立ち位置を自分で勝手に判断し,ああでもない,こうでもないと言えるほど世間から隔絶して生きていける「自由人」はうらやましい。でも,「自由」は「孤独」とセットなんですよね。

 人間によっては,精神的な成長が途中でストップしてしまうことがある。

 しかし,生涯学習が叫ばれた時代の教育を受けた人なら,

 自分の成長を信じてくれることだろう。

 今からでも遅くはない。

 60代になっても,人間は成長する。

 昨日のテレビでは,70代から漢字の勉強を初めて,90代後半になっても漢字を学び続けている女性が紹介されていた。ユーモアのセンスもある。

 見習いたいものである。

 しかし,子どもを傷つけたり,教育の世界を小馬鹿にしたりするような言葉には容赦なく怒りをぶつけたい。

 教育現場を守るのは,教師の仕事である。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より