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日本人のノーベル賞受賞が続いていることから感じること

 優秀な日本人が増えている,という漠然としたイメージではなく,

 私は教師であるために,「どういう教育を受けた人々がノーベル賞をとっているのか」と考えてしまう。

 気になるのは,それなりの年齢の人が多いことである。

 指導要領の改訂はおよそ10年ごとに行われているが,それぞれの指導要領による指導の成果は,すぐに判断できるものではないだろう。

 ある時期から,もし日本人のノーベル賞受賞者が減ってきたら,それが「教育政策の失敗」と結びつけられる時代となるかもしれない。

 私は,「内容」より「学習方法」を重視する教育は,決して悪いとは思っていないが,「内容」を「精選」という名で削りに削っているここしばらくの流れは,「学力低下」という呼び方ではすまないような「脳力低下」を招いているかもしれないという危惧を抱いている。

 「内容」と「方法」に関しては,その組み合わせの妙によって最大の教育効果を生むように設計するのが教師の役割である。

 もし教育政策に「大失敗」があるとしたら,それによって生じた問題を解決(回復)するのにいったいどれだけの時間がかかるのだろうか。

 杞憂であってほしい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より