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表面的には科学的に思えないことに隠された「真理」

 アイヌの人々は,狩りを行う前,占いをして実施するかどうかを決めていたという。

 同じように,戦国時代の武将も,戦の前には占いを立てることが多かったらしい。

 (だから「戦の決定を占いによって行わない」という決定ができたのだろう。)

 表面的に考えると,占いで何かを決めることは「非科学的」であり,効率的でもなく,

 決定の方法としては「愚かなやり方」に見えるだろう。

 しかし,狩りにしろ戦にしろ,「自分たちが生きること」「自分たちが生き続けられること」を最終的な目標にしている。

 そう考えると,占いによって「今日は狩りをしない」「今日は(今年は)戦をしない」ことが決定される仕組みというのは,最終的な目標を達成する方法として,「愚かなもの」としては言い切れない面も見えてくる。

 もし,「いつでも狩りをしてよい」「気が向いたときに,狩りは行えばよい」ということになると,それは結果として乱獲を防げなくなる可能性がある。

 アメリカの捕鯨の話を例に出すまでもないだろう。

 もし戦が大好きな・・・大量殺戮が可能になった近代の戦争と比べると,指揮官の「知恵」で勝敗の行方を楽しむという娯楽性のために・・・主君がいて,その主君の気分次第であたりかまわず戦を始められると,兵たちはもたないし,むしろ滅亡を早めるという結果に陥る可能性が高まるのではないか。

 「占い」は「決める手段」というよりは,「頻度を減らす手段」として機能していると考えれば,目標を達成するためのよりよい方法になっているかもしれない。

 人類の科学の進歩は,生活を便利にした面はあるが,自分たち自身を滅ぼす方法も生み出してしまった。

 兵器で言えば,何十万人もの命を一瞬で奪うようなものまでできた。

 「科学的思考」というものは「自分たちが生きること」という目標の前には,決して万能ではないことを自覚すべきである。

 「迷信」「風習」と呼ばれるもののなかに,「隠された真理」が埋もれていないか,再検討することで,「今までできていたことを当然のようにこれからも続けられる社会」をつくっていけるかもしれない。

 グローバル化という世の中の変化に盲目的に「対応」することだけでなく,積極的に「対抗」する面も必要であることを心しておきたい。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
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  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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