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下村博文文部科学大臣は学習指導要領解説を読んだことがありますか?

 大学入試の抜本的な改革は,大いに進めるべきである。

 それは,決して不可能ではないはずである。

 東京大学や一橋大学などの入試問題を参考にすればよい。

 良問に限り,入試問題として認めるという措置を講じれば,高校の授業は変わっていく。

 問題に感じるのは,「高校以下の学習指導要領の抜本的な改革,改訂」という趣旨の発言をしていることである。

 大臣は,学習指導要領の解説をお読みになったことはあるだろうか。

 お読みになって,その内容を理解することは可能だろうか。

 今,教育現場で何が問題になっているかというと,

 学習指導要領に示された目標なり内容なりが,よく理解できていないで教育現場に立っている教師がいる(これまでもたくさんいた)ことである。

 教育現場に立つ前に,だれがその目標や内容の理解を促すことができるのか。

 大学の教員である。

 しかし,残念ながら,教員免許を持っていない大学の教員に,学習指導要領が示す目標や内容が理解できていない人間がいる。

 私が免許更新講習を受けた大学教員は,誤った説明をしていたから,学生にも指導できていない大学教員が多いことは間違いないだろう。

 やるべきことができていない現状で,「抜本的な改革をする」というのは,

 「もはや教員をめざす大学生に,学習指導要領の趣旨を理解するのは不可能で,大学の教員にもそれを教える資格がないから」という理由からだろうか。

 もちろんそうではないだろう。それでは「何をどう改革してもだめなものはだめ」なだけである。

 学習指導要領が求めているものは何か。

 なぜそれが,だめなのか。

 その説明責任を果たせないで,「変える」と発言する人は大臣として適格だろうか。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より