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お母さん,あなたの話はゴミですよ

 特に大学院を卒業するような,世間の常識とかけはなれた人間との付き合いが長い経験をもつ人が教師になると,教師としてというより社会人としてそれは通用しない,という行動をとってしまうことがある。

 担任をもった子どもの保護者との会話で,そのような社会性に乏しい言動が表われ,問題化することがある。

 「俺は~の専門家だ」という自負は決して捨てる必要はないが,

 「その点について,お前は俺以下だ」という態度を全面に出すのはいけない。

 「~だというが,その根拠は何か」と問いただすまではぎりぎりセーフだが,

 「根拠もないのに~だと苦情を言ってくる,あんたの言葉はゴミなんだよ」と口にしてしまう教師がいる。

 これは指導力不足教員に見られる代表的な態度の一つである。

 指導力不足教員の指導力不足の露呈は,多くの場合,保護者対応から始まる。

 学級崩壊から始まるケースも多いが,

 問題に対する問い合わせを保護者から受けたときの対応から,

 「ああ,想像通り,この教師はとんでもない人間だな」と気づかれてしまうことが一般的である。

 人間関係力,対人関係力,コミュニケーション能力などと呼ばれる力は,直接子どもやその親と接している場面でしか評価できないところがある。

 だから採用試験の面接や模擬授業等では見抜けない問題なのである。

 どうしてわざわざ相手を怒らせる行動を教師はとってしまうのだろうか。

 大学での研究・教育のあり方が,「批判的精神を養う」「科学的・論理的合理性を追究する」点に偏っているために,「建設的な人間関係の形成や人格形成が苦手」な人を増やしているせいだろうか。

 私は,教師であると同時に,保護者である。

 教師も,親になってみないと,わからないことが多いのかもしれない。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より