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本物の指揮者と同じ感動を教育者にも

 結局のところ,「俺はすごいんだぞ」と言いたいだけの人の文章によく使われる言葉がある。

 「自慢をするわけではないが」・・・・自慢したいだけである。それ以外のどんな理由があってわざわざ文章を公開する必要があるのか。

 3年前の記事だが,指揮者の内藤彰さんのオフィシャルブログに,横浜アリーナでの「感動」逸話が紹介されている。

>しかもちゃんと曲も伴奏も合いの手も皆頭に入っているのでしょう、2万人近い大観衆がぴったり合わせてリズム通り変化させて振っている。

>(水樹)奈々さんが動いていない時も観客同士でぴったり合った振付のように)動かしたりジャンプしたり、指揮者も振付師もいないのに、なぜあんなに揃って!? れいの棒の振り方もなぜあんなに合うのか!

>私としては自分のオケがやっているのだから、その責任者として顔を出さなくってはという、多少の義務感と、この種のコンサートのことも勉強しておかなくってはという向上心(笑)?もあって行ったのですが、イヤ~勉強させていただきました。
 
 だれも「統率している人間」はいない。

 しかし,「統率がとれている集団」。

 これが教育者が求めている人間集団の姿であろう。

 教師がいなければ始まらない「指示待ち人間」がどうやって生まれてきたのか。

 それは子どもの自主性を踏みにじってきた教員たちの傲慢さによるものである。

 自分たちが心の底から好きで楽しみたいと思っていることについては,自然と「統率がとれていく」のが人間の姿なのである。

 本物の指揮者は,こういう点に感動するのだが,教師も同じであることを望みたい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より