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ダメ教師の情報と必ずセットになる「教師は追い詰められている」のコメントはいらない

 世間の常識は学校の非常識というが,

 学校の非常識さ加減をよく理解できていないような記事が

 教育関係で散見される。

 とんでもない教師の実例が紹介される。

 その締めくくりに,「教師も追い詰められている」とくる。

 現場を見ればよくわかる。

 本当に「追い詰められている」教師は,ほかの教師が

 必ず助ける。

 ダメ教師には,「追い詰められている」という実感が

 ないからこそ,ダメっぷりを存分に発揮できるのである。

 教師たちは,多くの場合はこのダメ教師をかばう側に

 まわってしまう。

 なぜかといえば,ほとんどの教師にはどこかに

 ダメな要素をもっているからで,いつか自分も

 「救われる立場になる」可能性を捨てきれない

 からである。

 親御さんたちには,くれぐれも私の忠告に耳を

 傾けてほしい。

 ダメ教師のなかには,クレーム相手を追い詰める

 ような強力な個性の持ち主が多いこと。

 保護者の側が追い詰められる危険性があること。

 最悪なのは,子どもが追い詰められるケースも多いこと。

 そのとき,救ってくれるのは,その学校の教師

 では無理だということ。救おうとした教師も被害者になる

 おそれがある。

 管理職でも無理。特に経験が浅い管理職は

 精神的にギブアップするおそれがある。

 経験がありすぎる管理職には,ごまかされて

 終わりになるおそれがある。

 相談相手は,教育委員会の指導主事にすること。

 学校へのクレーム対応のプロがいる。

 電話の応対で,もし自分の方がクレーマー扱い

 されそうな場合には,「議員あてに嘆願を行う」
 
 と宣言すること。

 情報公開請求が議員から出されると,教育委員会

 の事務局はおそろしい量の追加仕事を課せられる

 ことになるので,真剣に対応してくれる。

 さらに言えば,市町村ではなく,都道府県の

 教育委員会の人事部にあてて連絡をするのもよい。

 教職員の不祥事の情報をすべて握っている

 部署である。そこに直接情報を流すという方法も

 効果的である。

 PTAの組織がしっかりしているところなら,

 ダメ教師の情報はいくらでも入ってくる。

 「事前にできる範囲の予防策」を練ることもできる。

 子どもを守るための最低限の知識である。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より