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【中学生の保護者必見】 「内申点」への防衛術

 あるサイトで,「モンスターティーチャー」の事例が

 紹介されていました。

 多くの「教育問題」関連記事では,生徒だけでなく

 保護者も,学校の教育活動,教師の指示に

 疑問があっても,

 「内申点に影響するおそれがある」

 と及び腰になり,

 結局「泣き寝入り」になっていることがたびたび

 取り上げられています。

 
 常識的な要求でも「クレーマー扱い」「モンスター扱い」

 してくるような強気な学校なら,なおさら

 「言いたいことが言えない」状況なのでしょう。


 「余計ないざこざは決して子どものプラスにはならない」

 「公立学校にまともさを要求すること自体,あきらめるべきだ」

 なんていう声も現実に聞こえてきます。


 しかし,せっかく「正当な言い分」があるのに

 黙っていて,もしそれが子どもの進路を左右するような

 ものであったとしたら・・・・。

 たった一つの知識が,子どもを救えるとしたら・・・・。

 学校が,信頼できる内申書を作成しているかどうかを

 確かめる方法があるので,できたら参考にしてください。


 内申書とは通称で,公立高校が主に必要にしているのは,

 各教科の評定と観点別評価の2つです。

 観点別評価は,A~Cの3段階ですが,たとえば

 東京都立高校の推薦入試では,これが点数化されて

 合否判定につかわれます。

 高校によって,教科・観点のA~C別の点数が公開されて

 いますが,すぐに気がつくのが,Aの点数が高いこと,

 高校によっては,観点の中でも「関心・意欲・態度」の

 Aが非常に高いことがわかります。要は,この観点の

 評価がAでないと,非常に不利なわけです。

 
 この関心・意欲・態度の評価は,よほど熟達した指導を

 行っている教師でも,判定が難しいものとされています。

 
 文部科学省が作成している資料でも念が押されていますが,

 「授業中にたくさん手を挙げている」とか,

 「ノートをしっかり提出している」という「授業態度」が

 評価されているのではなく,あくまでも単元の目標に

 照らしてその内容を意欲的に追究していることなどが

 評価対象となります。

 内申書(調査書)というのは,3年生の12月までの

 評価ですから,ある単元で評価が高くても,ほかの

 単元で低いと,「高い方に合わせる」というわけには

 いかない評価です。

 
 あるサイトで紹介されているひどい宿題プリントには,

 欄外の余白を字で埋め尽くさせることだけがねらいの
 
 ようで,こんな学習をさせても,決して「関心・意欲・態度」

 の評価をAとする根拠にはならないのです。

 でももし,こういうプリントで

 「文字をどれくらいたくさん書いたか」で

 評価が決まっていたとしたら・・・・。

 
 最低限,親として知っておくべくことは,

 「関心・意欲・態度」の評価の根拠になった内容です。

 その説明次第によっては,その学校のあらゆる教科の

 評価をつけなおすことになるか,それともそもそもその

 観点の評価など不可能であることがわかってしまう

 かもしれない大きな問題となります。


 「そんな騒ぎになるなら・・・・」と思われたかもしれませんが,

 子どもは卒業させたら,その学校とは縁が切れると

 思って,堂々と確かめてもらいたいと思います。

 
 大阪などは,ごく最近まで相対評価をしていたくらいですから,

 目標に準拠した評価が果たしてどのくらいの

 信頼性と妥当性とをもって出されているのか,

 教師は明確な説明責任を果たせるのか,正直なところ疑問です。


 なぜなら,それはたった一つの授業を参観するだけで

 わかってしまうことだからです。指導案の通りに学習させても,

 その観点の評価を行うことは不可能であることがわかってしまう

 授業があるのです。

 多くの先生が集まって行われるような公開授業でさえも

 そうである場合があります。

 
 お子さんの未来のためであることはもちろん,

 公立学校の教師を鍛える意味でも,疑問があれば

 その解決のための行動を起こして下さい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より