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たった1人のための電子黒板

 ICT機器に対する批判を書くのはたやすい。

 教師の側にそれを使いこなす能力がないから,という程度の理由でも説得力がある。

 私が活用している電子黒板は,プロジェクターとパソコンソフトで行うもので,

 ホワイトボード型の高価な商品ではない。

 ホワイトボード型よりも大画面で表示できることと安いことがメリットである。

 黒板にスクリーンのシートが磁石でとまるしくみで,

 スクリーンをはずせば普通の黒板を書き続けることもできる。

 では,ホワイトボード型の電子黒板は必要ないのか。

 私は,ぜひ小学校の全教室に置いてほしいと思う。

 単純に,今,教科書のどこを学んでいるのかを示すだけでもよい。

 学習の進度が遅い児童にターゲットをしぼって,

 その子のためだけに活用するという方法も考えられる。

 多くの小中学校では,「個に応じた指導」などと教育課程届けではうたっておきながら,

 実際には生活指導の個別面談だけをして「やったつもり」になっているところもある。

 学習の習熟に遅れがある子どもに,

 どのような「個に応じた指導」を授業時間内に行えるか。

 その一つの答えが,電子黒板などのICT機器の活用である。
 
 高価な機器ではあるが,たった一人の児童が,

 その教育効果を享受でき,将来は,ICT関連企業を興す時代の先駆者になるかもしれない。

 自分が習得した知識をただ垂れ流すだけの教師にしか接してこなかった児童は不幸である。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より