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「人数が減れば教育の質が上がる」わけではなかった証拠

 別に,深く考える必要はありません。

 現在の公立学校は,半世紀の歴史で見たときに,最も

 教育の質が上がっていないといけない。

 子どもの人数が最も少ないのが今ですから。

 1クラス十数人という学級の教育の質が,

 1クラス40人の学級の教育の質より高いことを

 証明できる人はいるのでしょうか。

 「教師の力量には影響を受けない前提で」なんていう

 訳の分からないことも受け入れたとして。

 現場の教育をよく知らない人が,
  
 「人数が少ない方がよく目が届く」なんて言い方をしていますが,

 40人が35人になって,「より目が届く」なんて本気で考えている人は

 いるのでしょうか。

 指導力のない教師は,数人の子どもでもコントロール不能に

 なるのですよ。

 文科省が絶対に出せないデータがあります。

 それは,学級の人数と学力調査の得点の相関です。

 もし35人学級の方が教育効果が高いということであれば,

 すでに40人学級よりも平均点が高いというデータを出しているはずでしょう。

 そんなに単純な話ではないのです。

 たった一つ言えることは,

 40人が35人になれば,担任の教師の負担は減りますよ。

 テストの採点は5人分少なくてすむ。

 通知表の所見は,5人分少なくてすむ。

 指導要録の記入も,5人分少なくてすむ。

 そう考えれば,極小規模の学校の教師は,とてもつない「負担の軽さ」を

 享受しているように見える。

 ところが・・・現場は数がどうこうで語れる場所ではないのですね。

 たった1人,様々な問題を抱えている子どもがいるだけで,

 教師は「超多忙」になるのです。

 「超多忙」になるのに,40人も必要ない,というのが

 学校現場です。

 とても魅力のある学校が,今のところ40人,定員いっぱい,という規模を

 維持しているわけでしょうが,その魅力は教育にあるともいえるし,

 学校の規模にある,ともいえます。

 5人減らしてどうこう,なんていう机上の話はやめにしましょう。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より