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「校長先生の宿題(課題)」がある学校

 前の記事では,指導方法や指導体制の工夫改善など,

 個に応じた指導の充実を学校が図る上で,

 校長先生が果たす役割が非常に大きいことを述べた。

 このことは,もちろん学習指導要領総則の解説編でもふられている。

 本日,研修で来校された先生の学校では,

 「校長先生が出す課題」というのがあるそうだ。

 数学の教師だった校長先生は,自校の学力調査の結果を伸ばそうと,

 がんばっていらっしゃるらしい。過去問を解かせているそうだ。

 数字ではっきりと表れる成果というのは,底は浅いかもしれないが,

 とても「わかりやすい」努力の証明となる。

 子どもの立場からすると,こういう

 「校長先生からの宿題」が増えることは,もちろん歓迎されるべきことではない。

 しかし,学校の姿勢というのは,確実に伝わるはずである。

 「数学で高い点数をとれるようになることを求めている」

 というメッセージは,とてもわかりやすい。

 そこに,校長先生が直接,指導で乗り込んでくる,となれば,

 数学の教師も,子どもも,ぼーっとしているわけにはいかなくなるだろう。

 数学の教師への指導が先であるはずだ,と思う人がいてもよい。

 しかし,すぱっと教師の指導力向上は「あきらめている」というメッセージに

 なったとしても,気にしそうにないのがいかにも「数学」の先生らしい行動である。

 「社会科」の先生にはできない。

 教師には,それぞれの「持ち味」がある。

 校長の独走系で動ける保守的な風土の地域では,

 こういう動きが加速してくるかもしれない。

 どうこう言う権利はないが,どちらかというと,そういう動きは「おもしろい」と感じる。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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