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« お子さんの学力向上を考える上で,見落としていた重要な要因とは? | トップページ | 人はだれも「政治」から逃れられない »

たった一つの尺度の測定結果の善し悪しで騒がない大人を増やそう

 人間の評価は多様であってよい。

 教育の評価も,多面的になされるべきである。

 全国学力調査の結果は,その一つにすぎない。

 だから,公開されたくらいで騒ぐ必要はない。

 公開するしないでもめること自体が,

 たった一つの尺度の結果を気にしすぎるという

 教育上,あってはならないことをしている

 ダメな大人の反応である。

 報道で何を言われようが,それは「学力調査の結果」

 の話であって,「教育の結果」全体を示している

 ものではない。

 子どもの能力はもっとたくさんの角度から伸ばして

 あげるべきであって,テストの結果くらい,なんだ,

 と開き直れる教師が現場にいなくなってしまったのか。

 そういう親は公立学校にはいないのか。

 教育委員会にはいないのか。

 学校ごとの結果が公表されても,

 高くてよかったね,

 低かったようだから,がんばんなさい,

 くらいの言葉をかけて大人ならスルーしてかまわない。

 自分がもらった子どもの結果も見たことがない,

 という親も考えものだが。
 
 どの都道府県も,結果がよくないことには

 変わりがないから,一律,どこのだれでも

 努力はすべきである。

 平均点の上がり下がりは人間が変わる

 のだから議論する意味はない。

 都道府県別の順位だって,全体として

 できがよくないという意味では,たいした差はない。

 問題なのは,学力調査の結果くらいしか,

 まともに議論できる題材がないことである。

 量的な結果ではなく,

 質的な評価が必要な話が,いっこうに

 話題にならないのが,日本の教育界の

 後進性である。

 どれだけ創造性を子どもが発揮しているか,

 独創性あふれる作品をつくっているか,

 それを認め合う場がない。

 まもなく私の学校の研究発表があるが,

 廊下に掲示してある何気ない「作品」に,

 どのくらいの目がとまるだろうか。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より