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「カタカナ語氾濫」への危惧など言っていられなくなる?

 これからしらばく,「英語教育」に関する議論がホットになるだろう。

 日本語はとても優れた言語で,外国語はそのまま,

 カタカナで「日本語のように」表現することができる。

 昔は,「グローバル化」とか「グローバリズム」とか言われても

 ピンと来なかった人たちも,本屋の店頭でこの言葉が

 タイトルに使われているものが増えている現状に違和感を

 抱くことはないだろう。

 今はまだ,「ユビキタス」とか「オンデマンド」という

 カタカナ語を耳にすると拒否反応を起こす人がいるかも

 しれないが,こういう日本語の状態が,

 それこそ「ユビキタス」の本来の意味の「ユビキタス」

 になる日も遠くないだろう。

 近い将来,それなりの制度の音声翻訳ソフトがあふれる

 ようになると,外国語の語彙が一気に膨れあがって

 いくと思われる。

 日本人に限らず,「そういう表現の仕方の方がスマート」

 と思える言葉に出合うと,迷うことなく活用し出していく。

 「カワイイ」のように,本当の意味が何かわからないような

 言葉も含めて,外国語と日本語の言葉の壁は,

 どんどんなくなっていくはずである。

 小学生にそのままの英語を教えるのはよいが,

 もっともっと「実は英語の言葉を日本語にして

 どんどん使っている」ことに気づかせてあげてほしい。

 日本語は,習得が難しい言語かもしれないが,

 それだけ豊かな感受性が「あった」ことに気づける

 言語でもある。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より