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受験直前で偏差値が上がる生徒

 最初にことわっておくが,これは,子どもには読ませない方がよい文章かもしれない。

 もちろん,私が以下で述べている,「偏差値が上がる」条件をもっている子どもは別である。


 受験までのカウントダウンができる時期になってきた。

 こういう時期に,どのような生徒が学力が伸び,

 あるいは,伸びないのか。

 塾や予備校などは,基本的に「点数」をとらせるための訓練をしてくれるが,

 主に「問題」を通して行われる。


 学校でも,たとえば過去の定期考査問題などを解かせて

 練習させる教師もいるかもしれないが,こちらは基本的に

 まだ履修が終わっていない内容の授業を変わらずに行っていく。

 学校は,「学力」を伸ばすための教育を卒業まで続ける。


 こういう環境のなかで,学校外で受けてくる模擬テストの結果(偏差値)が

 上がっていく生徒を見ていると,そこには昔から変わらない傾向がある。

 それは学校の授業をしっかりと受けている,という共通点である。

 もう少し正確にいうと,学校の授業をしっかりと受けてきた,という点である。


 よく「伸びきったゴム」というたとえが使われるが,

 点数をとるためだけの訓練を受け続けて,「頭をつかわない」ことに

 慣れている生徒というのは,柔軟性がなく,変化に対応できないために,

 全く同じような問題でないと解けない生徒もいる。当たり前と言えば,当たり前である。


 学校の授業では,間違った解き方も,間違った答えも,

 別の方法の解き方も,さまざま登場してくる。

 それだけで混乱して学力が伸びずに,かえって塾や予備校で学習しなおす

 ことで理解できる子どももいるが,少数派だろう。


 機械的に自分だけの答えを書くだけではなく,

 自分より優秀なだれだれだったら,どういう答えを書くだろうか,

 なんていう余計なことを考えられるような生徒は,最後の最後に伸びてくる。


 「問題」で点数をとることは,さほど難しいものではない,それは,余計なこと

 を考えないでよいから,ということに,最後の最後で気づくことができるからである。

 つまり,受験が近づいて偏差値が高くなっていく生徒は,

 「問題」を解いていきながら,答えの導き方をどんどん体得していけている,

 ということである。

 逆に,ずっと「問題」を解いてきた子どもたちは,もう伸びようがないとも言える。

 ちなみに,私が「問題」と書いている問題とは,単純な記憶で解けるようなもののことは指していない。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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