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人はだれも「政治」から逃れられない

 塾や予備校といった教育産業にかかわる人を除けば,

 「教育関係者」は税金で食べている。

 「教育関係者」がどういう立場でいるべきか,

 という議論は難しいが,

 首長の口出しに対して反発すると,

 もうそれ自体が「政治的な行動」となる。

 実質的には官僚が動かすしくみになっているとはいえ,

 建前上は,国民なり市民によって選ばれた代表者が

 政治を動かしていく民主主義の国である。

 首長のあり方に反発をしたければ,その

 首長と対立できる立場・・・つまり,自分も首長に

 立候補したり,自分と同じ考えをもつ候補者に投票する,

 という行動に出なければならない。

 今,文部科学大臣と静岡県知事の間で問題に
 
 なっていることは,実はたいしたことではない。

 たかが学力テストの結果を公表する,しないの

 問題がここまでニュースになるのは,公教育のレベルが

 低いという大前提のなかで,その低さを競い合うという

 愚かしさが関心をひいているというだけの話である。

 単純に,自分より下がいる都道府県が46個もある

 わけだから,ニュースとしての価値がある。

 生徒がいれかわり,教員もいれかわり,問題もかわる

 のだから,順位が変動するのは当たり前である。

 「去年より順位が上がった」といっても,それが教育の

 成果かどうかはわからない。

 たったそれだけの,当たり前の情報さえ知っていれば,

 順位が出ようが,平均点が出されようが,どうでも

 よい話である。

 「どのくらい学力の課題があるか」を知るための調査を

 税金を使ってやっているわけだから,課題があることを

 国民は知る権利がある。

 こういう考えを自由に公表できる権利が,日本の国民

 には保障されている。当然だが,そういう考えを批判する

 自由も保障されている。

 日本の将来にとって,学力テストの平均点が60点から

 65点に上がることが,どのような意味をもっているかを

 語れる人間が政治の世界にも出てきてほしい。

 現在の対立で最も重要なのは,財務省と文部科学省との

 対立である。

 基本的に省庁は予算を削られることがマイナスだから,

 削られそうなら条件反射的に反発するDNAがある。

 多くの子どもがわずかな仲間や教員としか接することが

 できていないほど小規模化している学校が放置されている

 現在の教育現場の状況は,どう考えても子どもより

 大人を守るための論理である。

 子どもを守るためには,学校の数を減らし,学校で子どもが

 接することができる人間を増やすことの方が大切である。

 学校の規模が大きくなれば,教員の負担も減る。

 小規模校で私は3つの分掌を兼ねていたが,

 大規模校ではたった1つの分掌の,その中の1つの部署の

 担当であった。

 保護者が多くなればなるほど,PTA活動も活発化する。

 地域が広域化することで,通学時間が延びることが想定

 されるが,子どもにとっては読書や思索や運動の機会が

 増える。就職したら職場が「家から遠い」などとは言って

 いられない。国立学校や私立学校に通っている子どもも

 いる。「かかわりをもつ地域」「行動できる地域」の幅が

 広がる。

 極小規模の学校をつぶしたくないという感情はもちろん

 わからないでもないが,私がたった1人の卒業式を迎えた

 子どもを見たとき,正直のところ,大勢の人たちに見送られて

 幸せそうだなという気持ちよりも,それまでの生活が不憫

 でならないという感情だった。隣の学校に通っていれば,

 多くの友達と一緒に運動会で競い合い,合唱発表を楽しみ,

 劇の役を演じて,生徒会活動にかかわり,・・・・。

 今後,生徒1人あたりの教育関係費を学校別に公表して
 
 みてはどうか。文部科学省はやらないだろうから,ぜひ

 財務省の人に試算してほしい。

 「統廃合反対」の住民も,唖然とするような数字が出るだろう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より