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企業や学校が頼りにする親御さん(保護者)

 朝のラジオで放送していた内容だったと思うが,

 就職戦線で企業側にとっての「伏兵」は「親御さん」だと言う。

 せっかく内定を出しても,「親の意見で止めた」というケースが,

 多くはないが実在するという。

 親はどこまで子どもの生き方にかかわっていられるのだろうか。

 東大の入学式には,親はもちろん,祖父母まで来てしまう

 場合があるという。

 子離れできていない世代は,親世代だけではなく,さらに

 その上の親世代にまで及んでいる。

 親が頼りにならないので仕方なく登場するケースもあるだろうが,

 こういう「親べったり」の日本に対して,

 香港でデモに参加している学生たちの親はどうなのかと

 疑問に思ってしまう。

 止めないのか。

 止めても子どもが止めないのか。

 勧めている?のか。

 親と子どもの関係についての話題は,教育の世界にもある。

 たとえば子ども(教師)が担任を持たせてくれないときに,

 親(教師の親)が校長に直訴に来るなどという問題。

 子ども(教師)が不登校(出勤拒否)になり,

 家庭訪問する管理職。

 そこで親(教師の親)に子ども(教師)を励ましてもらう。

 国内の政治や国際社会がどうだという前に,

 することがあるだろうと言いたくなってくる。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より