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子どもための統廃合~学校が減ると,先生は増える~

 「先生を減らす」ことが大切なのではありません。

 「学校を減らす」ことが大切なのです。

 学校を減らせば,1校当たりの先生の数は増えるのです。

 人口ピラミッドというものをご覧下さい。

 子どもの数は,ものすごい勢いで減っています。

 先生の数は,それほど減っていない。

 それは,学校の数が減っていないからです。

 どういう現象が起こっているかというと,

 昔では考えられないほどの,学校の小規模化です。

 こういう言い方は失礼ですが,厳しい過疎の町や村の

 話は置いておくことにします。

 なぜなら,地域によっては,3校を1つにしても,

 学級数が増えない,というところもあるからです。

 話の想定は,ある程度の人口がある都市の公立学校です。

 学校数が減ると,教員の数は減りますが,
 
 それは総数の話。

 1校あたりの教員の数は増えます。

 ここが,教員にとっても,子どもにとってもプラスの効果です。

 私は大規模校から小規模校に異動したことがありますが,

 担任の仕事は同じようでも,分掌の仕事量は全く異なります。

 規模を大きくすれば,教員1人当たりの事務量は大幅に減ります。

 大規模校に勤務すれば,1時間遅れで出勤して定時に帰ることも

 夢ではありません。担任はまわってこない,分掌も仕事も

 たいしたことない,それで学校の先生が務まります。

 非常勤講師の方が授業時数は多いし,行事のお手伝いもして

 子どもの役に立つ,なんて事例はどこにでもあるでしょう。

 ある落ち着いた学校が,小さい子どもをもつ,「定時に帰宅する」

 教員を増やしてしまったところ,1年にして荒れ始めた,という

 ケースがありました。

 ですから,油断は禁物ですが。

 1学年に2クラスでは,2人に1人が学年主任です。

 1学年に5クラスでは,数人に1人しか,学年主任になれません。

 教員がたった12人しかいない学校にも,校長が1人,副校長が1人必要に

 なるのです。

 学校の規模は,最低の基準として定められている1校12学級というのは,

 「最低の基準」なのです。

 「最低以下」の学校をなくす努力を自治体はすべきでしょう。

 キーワードは,

 子どもから見れば,先生の数が増えること。

 これでどうにか住民の皆さんを納得させて下さい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より