ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 一人一人は大勢から教わっている | トップページ | 限界を超えた「見せかけの学力」と「見たままの学力」の乖離 »

社会学者の「妖怪」発言と女性議員

 9月はじめのニュースで,ある社会学者の発言が話題になっていたのを知った。

 女性閣僚が非難の対象になっているニュースからのつながりである。

 「妖怪」という言葉に秘められた思いは,各年齢層によって,大きく異なっている

 であろうことがまず念頭に浮かんでいる。

 子ども世代にとっての「妖怪」は,マスコットのようなものである。

 50代くらいまでの人なら,「ゲゲゲ」を知っていれば,「妖怪」らしい「妖怪」を知っている。

 はるか江戸時代に遡ると,葛飾北斎は本当におどろおどろしい「妖怪」を描いていた。

 私には,社会学者の発言の意図がよくわかる。

 なぜなら,そういう雰囲気をまとった人は,女性議員だけとは限らないからである。

 これ以上は書けない。

 昔が懐かしい。

 自分自身を「妖怪」と呼んでいた人がいた・・・いや,「魔女」だったか?

 政治の世界で生きている人は,私たち一般人からすると,「妖怪」そのもののような

 気もするが,実は今年に入ってある衆議院議員の方とお会いできて,

 私の「政治家」像は少し書き換えられることとなった。

 完全に書き換わることは不可能だろうが,人との出会いというのは大事なものである。

 本物の「妖怪」なら,いくらでも自分や身内のミスはごまかせるだろう。

 しかし,少なくとも議員の方々には,誠実でまともな人間であってほしいと切に願う。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
教育問題・教育論 ブログランキングへ

« 一人一人は大勢から教わっている | トップページ | 限界を超えた「見せかけの学力」と「見たままの学力」の乖離 »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

社会科」カテゴリの記事

いじめ問題」カテゴリの記事

道徳」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 社会学者の「妖怪」発言と女性議員:

« 一人一人は大勢から教わっている | トップページ | 限界を超えた「見せかけの学力」と「見たままの学力」の乖離 »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より