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経営側が「人の成長」をつぶす組織

 日本のある球団の,経営側とかつての有力選手たちのわだかまりは有名な話となっている。

 監督の受け手がいない,などというのは

 管理職のなり手がいない,と嘆いている教育の世界にも似ている側面がある。

 組織を支えている人間というのは,単に高い数字をたたき出している者だけとは限らない。

 スポーツの世界でも,数字には表れていない,チームへの貢献の大きさというのは

 ベンチで戦いを見てきた人間ならとてもよく分かっている話だが,

 経営側がそういう「現場」を知らずに,数字だけで物事を判断し,

 「血が通っていない」人事を行って,信頼関係を失っていけば,

 だれも監督という「貧乏くじ」は引きたがらなくなる。

 知事の興奮を抑えることができない,飾りにすぎぬ教育長の場合は,

 指をくわえて「信頼関係の破壊」を眺めているだけになる。

 教育の世界は,「人」で成り立っている。

 公教育の場合,「カネ」でよそから買ってきて補強する,というわけにはいかない。

 管理,経営する側の人間の質が劣っているのは,

 自ら組織の価値を貶めるような行動をとっていることからも明らかである。

 教育の世界で同じような問題を起こさせないようにするための重要な手段は,

 教員がよりあつまって管理職に楯突くことではない。

 教育の世界は「数字」でうかれたりしずんだりする場ではないことを,

 態度で示すしかないのである。

 それはつまり,テストというのは100満点ではなく,200点を目指して

 努力させるという意気込みなり価値観なりを教師と子どもが共有することである。

 100点満点のテストで,200点分の価値が出せる出題を教師は工夫すべきである。

 何のことか意味がわからない人には,それは自分が受けたことがないテストが

 この世界には存在するのだという事実だけを知っておいてもらいたい。

 授業で学んだ内容を試すテストで100点満点をとるのは当然のことである。

 それだけなら,評定上は「3」でよい。観点別なら「B」である。

 どうしたら「4」とか「5」がとれるようになるのか。

 そのためには,「人の成長は無限である」という教育観が不可欠である。

 成長の機会を奪うような教師,管理職,経営者にはなってはならない。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より