道徳教育の真の恐ろしさ-2
道徳教育に限った話ではないが,
教師が「A」ということを教えようとして,
生徒が「A」ということを学ぶという当たり前のことが,
簡単にいく場合とそうでない場合がある。
A=自分に正直になること
を例にとると,
うまくいえば,自分をいつも何かでとりつくっていた生徒が,
本当の自分を表現できるようになるかもしれない。
しかし,それを強制するようなものは「教育」ではない。
道徳教育の恐ろしさとは,たとえば,
教師が「A」ということを教えようとして,
生徒が「Aとはどうでもいいことだ」を学ぶ可能性があるということである。
教師がAに対してどういう価値観を抱いているかは,
教師の言葉はもちろんだが,態度でも伝わる。
言葉はなくても,態度で伝わる。
もちろん,誤解がおこる可能性もある。
「A」を学ばせよう,と教師が考えていても,生徒が「B」という価値の方を学ぶ,
ということも起こる。
実は,教育の現場でもあまり意識されていない可能性があるのは,
この「Bを学ぶ」という効果である。プラスの意味での波及効果である。
Aとは異なるBを生徒が学べた場合,
生徒の側では「自分の力で学んだ」という実感がわく。
こうして学んだBは,生徒の血肉になっていく。
教育の恐ろしさとは,このBが「善」の世界に入るものならよいのだが,
「悪」の範疇に入るものである場合が考えられることである。
こうやって教育の怖さを突き詰めて考えてしまうような人は,
きっと小中学校の教師にはなれない。なれても自分が病んでしまう可能性がある。
大学にいた方がよい。
今,大学の生徒指導というか,メンタル面での指導も大変だそうだから,
もはや教師の「逃げ場」はどこにもないのかもしれない。
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