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中3の平均点が200点代前半だった学校が,なぜ3年後に300点代後半をとれる中3を育てられるようになったか?

 ここ2度ほど,長期研修のため来校された先生方に,私が別の勤務校で発行していた

 学年だよりをお見せして,学年経営のお話をしていたのですが,今回,

 私が異動して入った最初の年の中3と,異動して4年目の中3の5教科のテストの

 得点分布にたまたま目がとまりました。

 異動してきたばかりのときは,とにかく荒れて大変な学校でしたが,

 それだけではなく,低学力に悩まされていました。

 なにしろ5教科のテストで,合計が200点に満たない生徒がたくさんいたのです。

 100点以下も,十数人という単位でいました。

 その子どもたちを卒業させ,新たに迎えた生徒が中3になっていたときのテストでは,

 平均点が360点くらいになっていました。

 小学校の教師には,12月時点の中3実力テストのこの差が何を意味しているのか,

 想像しにくいことでしょう。

 3年間(4年間)で,何が変わったのでしょうか。

 まず,5教科の授業を担当する先生が,すべて入れ替わりました。

 それがすべてです・・・なんていったら,中学校での研修もくそもありません。

 だれがその中学校の教師であるか,だれが教えるかがすべてになってしまいます。

 そういうことがわかっている塾や予備校の世界では,いい先生は

 いい給料がもらえるところにどんどん引き抜かれていきました。

 教師がすべてである,という話は,公立学校の教育の世界では,

 「建前上,語らない」ことになっています。

 それを口にすることは,禁止です。

 そのおかげで,研究が成立し,研修のために教師を派遣してくれる自治体が存在するのです。

 では,そういう研修では,どうやって先生方が納得できる内容にふれることができるのでしょうか。

 私の場合には,そのすべてが「学年だより」に書かれているので,実際に読んでもらえれば

 わかります。ほとんどが実践記録,生徒の言葉,保護者の言葉で満たされた学年通信です。

 親は,基本的に自分の子どもの姿と,学年だよりでしか,学校の様子を知ることはできません。

 しかし,たったそれだけで,親の信頼を得るには十分でした。

 親からのしっかりとした信頼,信用を勝ち取った学校は無敵です。

 学力向上など,あっという間です。

 3年前が嘘のような学校になってしまったのです。

 では,どのようにすれば,そういう信頼,信用を勝ち取ることができるのでしょうか。

 教師から,こういう「価値観」を排除することです。

 ・・・めんどうくさい。

 ・・・忙しくてだるい。

 ・・・早く家に帰りたい。

 この3つを捨てることができれば,学校は変わります。

 子どものためを思って,

 仕事をするのが楽しくて仕方がない。

 子どもと最高の関わり方ができるよう,その果実を想像しながら

 たくさんの準備をする忙しさに充実感を覚える。

 家に帰るのを忘れる。

 そういう教師が子どもを変え,保護者を変え,学校を変えるのです。

 もちろん,これは若い教師,自由がきく教師にしかできないかもしれません。

 私が学年主任として,5年間,その学校にいたのは30代前半のときでした。

 土日も家にいないお父さんでも,充実した生活が送れる家族をもてる人はごく少数でしょう。

 いくつかの幸運に恵まれないと,学校は変わらないと思います。

 こんな話,企業で言えばブラックそのものでしょう。

 違うのは,教員の給料が高いということでしょうか。

 校務分掌はおろか,授業もろくにできない人間でも数百万円の年収があるのが教師です。

 給料分くらい,せめて働け,なんていうことを校長が言おうものなら,

 黙っていない教師はたくさんいるでしょう。

 そう言われて反発してしまうこと自体が信用されない最大の理由であることは,

 実は自分たちが一番よくわかっているはずです。

 学校は,教育という仕事に人生をかけることができる人にしか,変えることはできません。

 流行にふりまわされ,はやりに飛びついているような人間たちに期待する親はいません。

 実際に「変わった学校」をモデルにしていただくのが一番です。

 研修の先生が,過労で倒れてしまわないことを祈っています。

 若い人の心に,教育への情熱をふるいたたせるような「粘り」を見せてください。

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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    「楽毅」第二巻より
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  • 都邑が矩形であるのは、この大地が巨大な矩形であると想像するところからきている。したがってかぎりない天地と形容するのは正確さに欠ける。大地にはかぎりがある。ただし大地は四方を高い壁でかこまれているわけではない。とにかく独創とか創見というものは、思考が狭い矩形をもたぬということではないか。人はいつのまにか思考を防衛的にしてきた。他者を拒絶しがちである。思考の四方に感情という壁を立てて、他者と共有してきた天を極端にせばめてしまった。
    「子産(下)」より
  • 人というものは、恩は忘れるが、怨みは忘れぬ。
    「孟嘗君 5」より
  • 人はたれにもあやまちがあります。あやまちを犯しても改めれば、これほど善いことはありません。『詩』に、初めはたれでも善いが、終わりを善くする者は鮮(すくな)い、とあるように、あやまちをおぎなう者はすくないのです。
    「沙中の回廊(下)」より
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    「沙中の回廊(下)」より
  • 人を得ようとしたければ、まずその人のために勤めねばならぬ。すなわち、晋が諸侯を従えたいのであれば、諸侯のために骨折りをしなければならない。
    「子産(上)」より
  • 知るということは、活かすということをして、はじめて知るといえる。
    「青雲はるかに(上)」より
  • 師はつねに偉く、弟子はつねに劣っているものでもない。弟子の美点に敬意をいだける師こそ、真に師とよんでさしつかえない人なのではないか。
    「孟嘗君 2」より
  • 人を家にたとえると、目は窓にあたる。窓は外光や外気を室内にとりいれるが、室内の明暗をもうつす。そのように目は心の清濁や明暗をうつす。
    「孟嘗君 2」より
  • 人にものごとを問うということは、質問そのものに、問うた者の叡知があらわれるものである。
    「孟嘗君 3」より
  • 人から嫌われることを、避けようとする者は、心の修養ができていないことである。
    「中国古典の言行録」より
  • 人を利用すれば、かならず人に利用される。・・・企てというのは、人に頼ろうとする気が生じたとき、すでに失敗しているといってよい。
    「太公望 中」より
  • 与えられてばかりで、与えることをしないことを、むさぼると申します。むさぼった者は、なべて終わりがよくない
    「孟夏の太陽」より
  • ・・・料理をつくりながら、人と組織とをみきわめたのか。素材が人であれば、素材を合わせてつくった料理が組織である。それ自体はにがく、からいものでも、他の素材と合わされば、うまさを引きだすことができる。煮るとか蒸すとかいうことが、政治なのかもしれない。
    「太公望 中」より
  • 他人を変革するためには、まず自己を改革しなければならね。
    「太公望 中」より
  • 人が何かを得るには、二通りあります。与えられるか、自分で取るかです。(中略)与えられることになれた者は、その物の価値がわからず、真の保有を知りませんから、けっきょく豊さに達しないのです。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • みじかいなわしかついていないつるべでは、深い井戸の水を汲むことはできない。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 人は目にみえるものを信じるが、そのことにはかぎりがあり、けっきょく、人が本当に信じるものは、目にみえぬものだ
    「晏子」第二巻より
  • 人にはそれぞれこだわりがあり、そのこだわりを捨てて、変化してゆく現実や環境に順応してゆくことの、何とむずかしいことか。
    「奇貨居くべし 飛翔篇」より
  • 失敗を心中でひきずりつづけると、起死回生の機をとらえそこなう。それは戦場における教訓にすぎないともいえるが、大きな勝利とは、相手の失敗につけこむのではなく、自分の失敗を活かすところにある。楽毅の信念はそうである。
    「楽毅」第四巻より
  • 人の頭脳のなかの眼力は、木の幹にあたるであろうが、幹をささえるものは知識という葉ではない。根である。根は地上の者ではどうすることもできない伸びかたをする。その根は天から落ちてくる水を吸い、人からあたえられる水も吸って太ってゆく。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 大木にするためには、幹の生長に目をうばわれがちであるが、地中の根を大きく張らせることを忘れてはならない。花を咲かせることをいそぐと、花のあとの結実をおろそかにしてしまう。要するに、大木でなければ豊かな実をつけないということである。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • あらゆる事態を想定して準備を怠らず、変化に対応できるようなトップでいなければならない。
    「中国古典の言行録」より