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「いつでもやめられる人」に任せるメリットとデメリット

 世の中のほとんどの人は,今,働いている職場をクビになってしまうと,

 経済的に困るという結果になるだろう。

 しかし,中には豊かな財産をもっていて,仕事を失っても経済的には困らない,という人もいる。

 ある先生は,相当の資産をもっていた(らしい)。

 部活動の顧問をもってくれ,と強く管理職から言われて,

 「そんなに言うならやめる」といって退職してしまった。

 もちろん,二日酔いの月曜日の欠勤が多いとか,いろいろ問題は

 あって,その都度注意は受けていたようであるが。

 いつ辞めてもらっても困らない人だった,という評価は厳しすぎるだろうが,

 仕事に真剣に向き合えない人に教師は続けてほしくない,というのが

 生徒や保護者の素直な声だろう。

 「いつでもやめられる人」が,仕事に消極的である事例である。

 逆に,「いつでもやめられる」からこそ,仕事・・・特に改革に積極的に臨める人もいる。

 なかなか人がなりたがらないポスト・・・・

 公立学校で言えば管理職や指導主事の仕事の場合,

 失敗したら「降格」という方法で普通の教員に戻ることができる。

 大学の教員なら,学部長とか附属学校の校長など,

 多くの教員にはほとんど意味のない仕事がまわってくることがある。

 ある幼稚園の園長に就任した大学教授は,

 勝手に幼稚園を週5日制にしてしまった。

 問題になったら,責任をとる,という態度を貫いた。

 何年も継続できたので,次の園長にも引き継いでもらった。

 しかし,さらにその次の園長のときに,とうとう「ダメ」という通達が来てしまった。

 そして1年だけ週6日制に戻したが,次の年には,

 国が週5日制を決定したので,「元通りになった」という話である。

 改革をして,だめなら責任をいつでもとれる立場,

 というのは,本当にうらやましいものである。

 多くの管理職は,新しいことをして教員の反感を買ったり,

 問題を起こして教育委員会ににらまれたりすることを嫌がり,

 なるべく「何もしない」「何もない」ことに専念する傾向がある。
 
 そんな管理職には全く存在意義がない。

 「いつでもやめてやる」というのは「脅迫」に近いかもしれなし,

 自分から問題を起こされてしまっては困る。

 しかし,「この人にやめられたら困る」という認識を教育委員会だけでなく

 教員たちからも思われるような管理職がどんどん生まれていってほしい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より