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未来の「大横綱」の「過去」をあさる人たち

 大相撲の人気は,あるテレビ番組を見たら納得できた。

 魅力のある力士が増えている。

 最も高い関心を集めているのは「逸ノ城」だろう。

 インタビューに真摯に答えるその姿がさらに人気を呼ぶ。

 インタビュアーはそのことがわかっているから,

 さらに突っ込んだ質問をする。

 将来の「大横綱」の,若いときの記憶をひたすら刻みつけようと

 している人たちがいる。

 「現在」は,「横綱になる未来」から見れば「過去」である。

 「過去」をあさっているような,むさぼっているような印象があって気になっている。

 野球の場合,負けた選手へのインタビューはあまりない。

 勝った選手のヒーローインタビューは,本人が舞い上がっている場合があるから,

 ほとんど意味のない言葉しか出てこない。

 相撲ファンの場合は,野球ファンにはない楽しみ方ができているようでうらやましい。

 ただ私が少々気にしているのは,

 マスコミ側が伸び盛りの力士をおもちゃにしている様子である。

 勝敗に一喜一憂するファンの側は,ただの素人である。

 観客側のわかったような分析にも,真面目に力士たちは答えてくれるが,

 相撲や力士の魅力とは,そんなおしゃべりだけでつたわるものではない。

 テレビでは,もっと普段の激しい稽古で力士たちが全力を尽くしている姿を

 流していったらどうか。

 「試合開始」=「立会い」前の「空気」を味わうこともいいが,

 高校野球のようにふるさとやら普段の姿を紹介するような企画はできないのだろうか。

 NHKは何パターンかの相撲の楽しみ方を試してみてほしい。

 倒れた対戦相手に手をさしのべるやさしさが私は好きである。

 対戦後の正しい挨拶の場面を,子どもたちには目に焼き付けておいてほしい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より