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あなたの組織に「悪魔の代弁者」はいるか?

 失敗の原因を説明してくれている本として,とても手頃で内容もシンプルなものが見つかった。

 『なぜ,間違えたのか? 誰もがハマる52の思考の落とし穴』(サンマーク出版)は,ドイツとスイスの2つの新聞に連載された「思考の落とし穴(明晰な思考法)」に関するコラムを1冊にまとめたものの翻訳である。

 教育の失敗が,どのような「思考の落とし穴」を経由して生まれたのか,

 考えてみるのにも最適な1冊である。

 ここでは,「集団思考のワナ」に関して,特に一定の数のメンバーの合意によって

 物事を決定するのが好きな日本人への警句として,紹介してみる。

 「みんなで話し合って決めたことは,みんなで守る」というのは,

 とても大事な姿勢である。しかし,「みんなで話し合って決めた」ときに,

 「反対意見はでなかったか?」というチェックを働かせることの大切さを,

 「集団思考のワナ」で紹介されているエピソードが教えてくれる。

>ひとりひとりが普通の状況で判断していたらそうはならなかった愚かしい決定が,
 
 集団で話し合ったために下されてしまう。

 こうした経験をしたことがある人は多いだろう。

 アメリカの心理学者の分析も紹介されている。

>大失敗の事例に共通するのは次の点である。結束の固いグループのメンバーが,

 「幻想をつくり上げること」で連帯意識が高まる。しかも無意識のうちにそうなるのである。

 戦前の日本で,「悪魔の代弁者」になる人間が一人でもいたら・・・・・

 あるいは「排除」されてしまったかもしれない。

 他にも,「悪魔の代弁者」として,異論を唱えることが可能な人物,

 その人物の一言に非常に大きな意味がある人物がいた。

 しかし,「立憲主義」がその人物の能動的行動を抑えてしまっていた。

 「結束の固い組織が避けきれない問題」として,「集団思考のワナ」は認識しておくべきだろう。

 異論を認めない人間こそが,真の悪魔である。

 異論を出す人間の人間性を否定する人間は,悪魔を通り越した元凶である。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より