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教師が秘密にしている技

 専門としている教科以外の話を学会と研究会でしたことが

 1つずつある。

 そのうちの一つが,平たく言ってしまえば,

 生徒に「暗示」をかける指導である。

 もちろん,文章には「暗示」などという言葉はどこにも使っていない。

 しかし,発表の場では,正直に申し上げている。

 「私は生徒をだましています」とも発言した記憶をしている。

 よい結果を導いていることを先に紹介しているから,冗談だととっていただいたようだが,

 私としては,本当は少しだけ,心を痛めながら,「だましている」。

 教師というのは,おそろしい職業だということが,実感してもらえると思う。

 ニュースでは問題ばかり起こしていることが紹介されている「教師」だが,

 たとえば「先輩からいい先生だと聞かされる」というだけで,

 教師というのはそれなりの信用,信頼,権威を約束されている存在である。

 そういう教師から,あることを根拠にして語られる言葉というのは,

 紛れもなく強烈な「暗示」として生徒の心に浸透する。

 生徒にするのと同じように,聞いてもらっている

 先生方や大学関係者に納得してもらうための

 発表のコツは,同じような体験を実際にしてもらうことだが,

 ここで「想像力の豊かさ」が教師にとっていかに大切かを実感してもらう。

 教師はいつでもイメージトレーニングを欠かしてはならないことを痛感してもらう。

 スポーツの世界では,一流のアスリートたちの中にも,

 「イメージトレーニング」や「暗示」のおかげで成功している人がいる。

 もしかしたら,「自己暗示」がかけられる人が一流になれるのかもしれないが,

 あまりそういう話を聞かされない方が,いい気持ちでいられ続ける人もいるだろうから,

 そっとしておくのもいいだろう。

 「暗示」の話自体を文章にしたり,直接子どもに教えてしまうようなことはできないのは当然である。

 一種の「手品」と同じだから,タネを明かしてしまうとおもしろさだけでなく,効果も失われてしまう。

 今,マインド・リーダーが書いた本を読んでいるので,こんな話になった。

 実際に自分が使っていた手法がいくつか紹介されている。

 ぜひ,マインド・リーダーの本を読んでみてほしい。

 心理学の本よりも,実践的である。

 本によっては,「そんなタイトルの本を堂々と買えるのか?」という露骨なものもあるが,

 「思考」という言葉で引っかかって,たまたま私が手に取った本は,

 タイトルだけからはどういう人が書いた本かはわからない。

 『青い象のことだけは考えないで!』(サンマーク出版)という本である。

 人をだます方法も学べてしまうのが,少し気まずい。

 変な気を起こしたりしない人に読んでほしい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より