ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 教師が秘密にしている技 | トップページ | どの県の,どんな学力向上策を実施すれば,いいですか,という質問を否定する »

「どの問題集をやればいいですか」という質問自体を否定する

 受験関係図書のセールスの仕事をされている方であれば,

 売れないと話にならないから,いろんな理由をつけて,どんどん薦めてもらってかまわないと思う。

 しかし,学校の教師の場合は,こういう質問自体を拒否しなければならない。

 それは,すでに「終わっている」おそれがあるからである。

 以前にも紹介したことがあるが,

 なぜ真面目な女子の中に,ノートはきれいで完璧に書けているのに,

 テストで点がとれない生徒がいるのかは,

 身近にもいるかもしれないから,ぜひアドバイスしてあげてほしい。

 「書いただけで終わった気になっていない?」

 「ノートに何を書いたか,要点だけでいいから説明してくれる?」

 教師の板書をいくらきれいにノートに写してみたところで,

 内容が理解できているとは限らない。

 問題集をやって,解けているのなら,いいかもしれないが,

 おそらく解けない問題がいくつかある問題集で

 「解けなかった」という結果が出ただけでは,

 勉強にはならない。

 「この1冊で完全マスター」なんていう本のタイトルにつられて買って,

 「完全にマスターできた生徒」が何%いるのか,だれも調べたり発表したりはしない。

 何をどの程度まで理解できればよいのかを知るのが学校の授業である。

 実際には,どこまで理解しないといけないのか,わからなくなる授業もあるかもしれない。

 レベルの高い授業である。

 ただ教科書の問題を解いて,答合わせをしているような,

 大学生のアルバイトでもできるような授業をしている教師はいないか。

 こういう教師が,「どの問題集をやればいいですか」という質問をする子どもを生むのである。

 営業妨害だと言われるかもしれないからこれ以上はやめておくが,

 ただひたすらプリントばかりやっている子どもたちに,

 創造的思考力が育つと信じられる人はいるだろうか。

 想像力が向上すると自信を持てる人はいるだろうか。

 たった1つの問いに,じっくりと30分以上考え込んでいる,小学生を見たことがあるだろうか。

 「学ぶ楽しさ」を教えることができるのは,だれだろう。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ

« 教師が秘密にしている技 | トップページ | どの県の,どんな学力向上策を実施すれば,いいですか,という質問を否定する »

教育」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

学習の評価」カテゴリの記事

学力向上」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「どの問題集をやればいいですか」という質問自体を否定する:

« 教師が秘密にしている技 | トップページ | どの県の,どんな学力向上策を実施すれば,いいですか,という質問を否定する »

2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より