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単純化のワナに自らはまっていく人たち

 ストーリー仕立てのCMで代表的なものはソフトバンクのものであろう。

 人間には,「物語」にあこがれるくせがあるらしい。

 神話の世界には,「あり得ない」ことばかりが登場してくるが,

 批判的な力を奪うには最適な手法かもしれない。

 気をつけておきたいのが,

 「ストーリーのワナ」というものである。

>物語が,わかりやすくするために真実を単純化してしまう傾向を指す。
 
 それにより,物語にうまく収まらないことはすべて排除されてしまう。

>・・・すべては「意味のある」物語に仕立てあげられている。その結果,

 真実は歪められる。そのことが,わたしたちの判断力や決断力を

 鈍らせてしまう。

 排除ならまだよい。

 捏造や差し替えや誇張などが加わってさらに「物語らしく」なることが恐ろしい。

 教育の世界の

 「学力低下」「学力向上」にまつわる「ストーリー」に,

 ほとんどかかわっていないものの正体にせまる必要がある。

 まずは,大学の教師の授業力である。

 大学教師の授業から,まずは公開して,授業力に関する批判の対象にしてみたらどうだろう。

 「生徒が100人もいるのだから,授業力と言われても困る」

 なんていう人間に,学校の教師を育てる能力があるとどうして「思えてしまう」のだろうか。

 自分たちが話したり本に書いたりしている

 単純なストーリーで納得した人たちが,何か自分の仕事の改善に

 生かせたことがあるのだろうか。

 「すぐに役立つ研修」などという幻想にとらわれている行政も教員も,

 まずは研修すべき内容を自ら箇条書きにしてみればよい。

 それをやっているうちに,研修などを受けに行く暇がないことに気づくかもしれない。

 そういうことに気づけないようにストーリーを作り続けているのは,だれか。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より