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同情と共感の違いがわからない人が陥る場所

 なぜ日本の教育界では,同じような内容の文章が何年も隔てて

 平気で「これ,最新の授業です」なんていう形で顔を出せるのでしょうか。

 他人がやっているのと同じような授業をして,

 「私のオリジナルです」なんて顔をすることができるのか。

 そういうときはいつでも,「自己中心的」な人間が顔を出しているわけです。

 『すべては心理学で解決できる』というサンマーク出版の本では,

 「よくある」身近な事例を,心理学の適切な実験結果などをもとに,

 「わかりやすく」理解させてくれる内容がたくさん紹介されています。

 子どもが穴に落ちて泣いているとき,

 1 はしごをとりにその場を離れる

 2 穴に入る

 3 立ち去る

 のうち,どの選択肢をあなたはとるか?と聞かれると,

 1も2も3も,それなりにとる確率があるのではないかと考えてしまう人は,

 特段「変わった人」ではないように思います。

 さすがに3はやらないとしても,

 思考が停止して2の穴に入ってしまう自分を想像してしまうのはあり得るのでは?

 心理学的に考えれば,「共感」ではなく「同情」というレベルでものごとを捉えるくせがあることと結びつけて説明できるようです。

 本当にその子どもを助けたいのなら,穴に自分も入ってしまうような行動はおかしいわけです。

 助からないかもしれない人間が1人増えるだけですから。

 子どもの「穴から出たい」という願望に「共感」できれば,
 
 「穴から出るためにすべきこと」を冷静に考えることができるのに,

 「穴にいるのはつらい」という感情に「同情」していることを示すために,

 自分も同じ穴の中に入ってしまう。

 なぜ相手から見ればわかるはずの,同情による「迷惑な行動」が避けられなくなってしまうのか。

 それが,「自己中心的」になってしまう人間の弱さだ,ということです。

 「共感」して「あげている」という単なる「同情」のポーズが,

 いかに「迷惑」な行為なのか。

 学校の道徳の授業は,こうした「心理学」の成果をしっかりと学べるような内容に進化していけないでしょうか。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より