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試験の採点場面でわかる教師の「教育への誠意と熱意」

 教師になってしまうと,一人で責任をもって行う仕事が多いことに気付くだろう。

 そのうちの一つが,「試験問題づくり」と「試験の採点」,そして「評価」の仕事である。

 もし,「試験の採点」が面倒くさい,などという教師がいたら,

 教科教育や一人一人の生徒へのきめの細かい指導などへの意欲や熱意が乏しい人間だと思っていいだろう。

 すべての教師がやっているとは思わないが,

 採点をするとき,授業での能力の発揮具合,ノートの状態,過去の成績などを念頭におき,

 生徒一人一人の顔を思い浮かべながら,

 今回のテストではどこがどの程度まで理解できていたのか,

 という関心を持ちながら,○や×,コメントをそえて△にし,減点したりしている。

 ただ合計点だけわかればいい,なんていう教師は少数派だろう。

 真剣に解いてくれた生徒一人一人への,

 教師としての誠意の見せ所が,「採点」の仕事をする場である。

 採点しながら,返却時の場面を想定し,だれにどのような言葉を返すべきか,を考える。

 どう励ましてあげたら,次の試験でがんばってくれるか。

 どういうコメントをつけてあげたら,減点に納得してくれるか。

 たった2~3秒のやりとりのなかで,大事なものを伝えるための準備をするのが

 「採点」をする時間である。

 思い返せば,そうやって試験は採点しているんですよ,と

 話してくれた先生が,小学校にも中学校にもいた記憶がある。

 そういう先生のためにも,試験では常に満点をとりたい・・・・・・
 
 そう,自分のためではなく,教えてくれた先生のために,満点をとってあげたい・・・・

 と思う自分がいたのを思い出した。

 先生の仕事への熱意は,次世代の先生も育てていたのである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より