ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 「わかりやすい理由にとびつく」というわかりやすい誤り方 | トップページ | 自分の利益を優先させる人が増えることの意味 »

相次いで報道される教員による犯罪・・・どうしたら食い止められるか?

 報道で知られるものに限らないことは,教育委員会や学校管理職レベルでないとわからないかもしれない。

 「どうしてこんなにたくさん事件が起きるの?」

 と思っている人が,知らない事件も山ほどある。

 「すべてを公開すべきだ」と思っている人も教育委員会や議員レベルにはいるかもしれないが,

 公教育への信頼の喪失は,さらなる問題を生む原因ともなり,頭の痛いところである。

 それにしても,教師による犯罪の報道が止まらない。

 高校の学園祭がどうして中止になったのか?

 その理由を答えさせられる高校生はどのような気持ちだろう。

 ここに及んで,子どもたちに,教師への不信感をもつな,というのは無理な話である。

 すぐに「割合」に換算してごまかそうとする連中がいるが,

 「絶対数」が語る真実から目をそむけてはいけない。

 「かつて自分の学校では一度も起きたことがない」から,関係ない,ではすまされない。

 ほとんどのケースが,「かつて一度も起きたことがない」学校で起きるような事件だからである。

 「犯罪防止策」を講じている自治体は多いが,

 教師の犯罪に関しては,「まさかあの人が」という事例も少なくなく,

 「こういう研修を行えば,きっと大丈夫だろう」なんて予想すらできないのが痛いところである。

 犯罪防止の研修で,「本当にためになった!」などという感想をもってもらるようなプログラムがあるとは考えにくいが,実際には,どこかに存在するかもしれない。

 企業にも,同様の研修があるかもしれない。

 残念ながら,企業が実際に行っている研修を公開すると,それだけで

 企業のイメージダウンになりかねないから,

 簡単に「企業のお世話になる」とも言えない。

 出口のない問題かもしれないが,

 教育の世界の最後の切り札は子どもである。

 全国の小・中・高校(大学にもあってもよいと思われる)には,

 児童・生徒による「教師の犯罪防止委員会」の設置を義務づけ,

 児童会や生徒会の役員に,定期的に「犯罪防止に関する宣言文」を読んでもらう。

 もはや,「そこまでやっても問題がなくならないのか」と思えるような手段をとっていくしかないと思われる。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ

« 「わかりやすい理由にとびつく」というわかりやすい誤り方 | トップページ | 自分の利益を優先させる人が増えることの意味 »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

学校評価」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

教員の評価」カテゴリの記事

教員研修」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

« 「わかりやすい理由にとびつく」というわかりやすい誤り方 | トップページ | 自分の利益を優先させる人が増えることの意味 »

2021年11月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より