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全体像が見えていない人には伝わらない話

 子どもが様々な能力を発揮している様子を実際に見て知っている人と,

 そうでない人とでは,子どもの「能力」に対する期待度が全く異なってきます。

 子どもには,できそうでできないことがたくさんある一方,

 できなさそうでできてしまうこともたくさんある。

 このことに関する知識や経験がないことによって,

 逆のとらえ方をして,指導上,「うまくいかない」と嘆く人が多いのです。

 「できない,できない」と言っていることが,

 「できなくて当たり前」だったり,

 「そんなことできるわけないからやらせない」と言っていることが,

 それができる実感をもつことで生徒が伸びるはず(なのに伸びない)であったり。

 学習指導でも同じようなことです。

 教師がその答を思い浮かべられないからと言って,

 子どもが答えられないとは限らない。

 歴史の学習で,「古代の日本はいつごろから『古代らしさ』を失い始めたのか?」

 という問いを投げかけたとき,歴史の知識が乏しい社会科の教師の場合,

 自分なりに納得できる答がなかなか見当たらない。

 しかし,歴史に詳しくない生徒の方がさらっと答えられてしまったりする。

 この問いは,正解が予めあるわけではなくて,生徒の答を吟味しながら,

 生徒なりの「古代」という時代の特色や『古代らしさ』というものへの認識を様々な面から検討し,

 追究していけるという価値をもつものです。

 子どもが知識を獲得するプロセスというのは,どういうかたちが理想的なのか。

 先生が正解を用意してあり,それをそっくり物まねできるようにすることが

 「知識の獲得のプロセス」ではないことは,教育に身をおく人ならわかることでしょう。

 良い教師になるには,自分自身がいいかたちで知識を獲得してきたプロセスをもち,

 その価値を認識している必要があります。

 そこを,面接ではつついてくるのです。

 「この人は,子どもに考える習慣をつけさせられるかどうか」

 という目で見てくるのです。

 よく学ぶ人が,よく学ぶことを教えられる。

 よく学べない人は,教えられるということしか教えられない。

 教育の場では,負の連鎖をつくってはいけません。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より