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反省のしるしが「丸坊主」は・・・あまりにも時代錯誤

 「丸坊主」を「悪いことを反省するかたち」の代名詞にしてしまうのは,

 今,頑張っている高校球児たちにも,申し訳がない。

 たまに,大会前だけかっこつけて丸坊主にする弱小野球部があるが,

 これも気合いを入れるならもっと前から,別のかたちで表現すべきであり,

 「本物」に対して失礼である。

 択捉島に在住されていた方で,戦後,島に入ってきたソ連人にしばらく部屋を貸していた人のインタビューを聞いたことがあるが,この女性は,父親が無理矢理(男の子に見せようとして?),床屋で髪を短く切ってしまったことが,いまだに強い心の傷になっているということであった。

 島を追い出され,収容所に入れられるまでは,ソ連人のある家族とはそれなりに仲良く過ごせていたそうで,

 一番のショックだったのが「髪の毛」という話が印象的だった。

 「丸坊主」は,「恥ずかしい頭髪」=「辱めを自ら受け止めるスタイル」というニュアンスがあるから,
 
 「反省の印」になるのだろうが,

 繰り返し言いたいことは,それはもともとそういう髪型の人に対して失礼だということである。

 中学生と,どのような関係を結ぼうとしたのか?

 今時,中学生に「死ね」とか「うざい」とか「消えろ」なんていう言葉を浴びせられていちいち怒る教師もいない。

 ましてや,「おまえが・・・」などというお返しもしない。

 そういう中学生の気持ちが分かる人間が,教師という職業に就いているのである。

 こういう今の日本で,

 「政治主導」なんていう国の動かし方がまともにできるとは思えない。

 もちろん,今の「役人主導」型も問題は多い。

 今回のような「謝罪劇」が表になる前に,

 実際の「やりとり」自体が完全にオープンで進んでいき,

 そこに他の政党の議員も入ってきたり,異論が述べられる中学生が入ってきたりして,

 何とか,民主政治の「それらしさ」を味わうことができるのだろう。

 報道では,いつもいつも,「これではダメだな」という「がっかり案件」が紹介される。

 これだけ失望し続けながら,未来に明るい希望をもてる子どもを育てるのは至難の業である。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
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    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より