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始まらない話をしている,終わっている人たち

 世の中には,「こんな人とどうして関わり合う必要があるのだろう」という人といつまでも関わり合って,

 「この人,本当にダメな人だな」と言い続ける人がいる。

 私など,その典型である。

 ある人から見れば,自分が「こんな最低な人よりまし」という優越感に浸りたいのだな,

 と見えてしまうかもしれないが,私の場合は,

 「あなたが最低な人と思っているより自分が最低であることに,早く気付いてほしい」

 という願いも持っている。

 端から見れば,「そんなに嫌なら完全にサヨナラすればよいのに」と思ってしまうが,

 私は「嫌ではない」のだ。

 もしそういうことを「嫌がる」人間だったら,教師や医師,弁護士,裁判官などには向かないだろう。

 本当に毎日,「こいつ,大丈夫か?」という人間に出合う。

 教師の場合,医師などより恵まれているのは,

 すごく健康的で,知性的で,冒険的な人間たちの方がふれ合う数としては多いことである。

 「愚痴を言うこと」だけが自分の(その最低よりは上という)立ち位置を示せるという人の場合は,
 
 「とんでもない人」でも,とても「欠かせない人」になる。

 教師にとっては,決して「欠かせない人」にはならない。

 しかし,「そういう人」なら,「何とかしなければならない」というのが仕事なのである。

 それを,性格がどうとか,頭の中がどうとか言っても何も始まらない。

 そう。何も始まらないことを書いてもどうしようもないのである。
 
 私は,性格とか,頭の構造とかは,「何とかなる」ものだと考えている。

 そうでないと,教師などはやっていられない。

 「あいつ,終わっているな」などと心で言うことはあるが,

 「本当に終わった」とは考えないのが教師であり,

 「本当に終わった」と考えているのが「終わっている」人間である。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より