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【検索キーワードより】 私語の撃退

 大学の先生でしょうか。

 「撃退 私語」という検索でこちらのブログに入られた方がいらっしゃいました。

 大きな講堂か何かで講義をしなければならない方の場合は,

 なかなか対策は難しいでしょうね。

 ある大学の教職担当の先生に,

 「授業をやりながら,教師に向いている学生か,向いていない学生かの区別はつきますか?」

 と質問したら,「数が多すぎて分からない」という

 答になっているかいないか分からないような的を射ない言葉が返ってきました。

 こういうのは,少なくとも小学校,中学校,高校の「授業」とは全く違った世界の話ですね。

 40人程度を相手に授業をしているとき,

 「私語」への対応は簡単です。

 「私語」をしている人の邪魔をすればよいのです。

 こちらから話しかける。

 それを授業開きのときのルールとして教えておく。

 何か授業中に話したくなったとき,

 遠慮せずに,手を挙げて話しかけてきて下さい。

 もし遠慮して,ひそひそと隣に聞いたりしたときは,

 すかさず,「何が聞きたいの?」と反応してあげます,と。

 調べる人も同様です。

 スマホを取り出したりしたら,何を調べようとしているのか,

 すかさず聞く。できれば私が答えてあげます,と。

 授業者は,つねに授業を受けている人間の理解度,

 興味・関心の度合い,疑問点などに注意を払って授業を展開するものです。

 大学の先生のなかには,

 授業をやりながら,学生と話はしたくない,という人もいるようで。

 そんな授業を受けている大学からは,まともな教師は育ちません。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より