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「爆破予告」と「教務主任」という仕事

 日々,教員の人間性が疑われ,公教育や公務員の信頼性を損ねる出来事が次々に報道される。

 「本当にやるつもりではなかった」かもしれないが,

 「爆破予告」によってどれだけの人を不安に陥れることになるのか,

 そもそも役所の人間は教育関係者ばかりではないこと,

 住民の基本的な支援やサービスに支障をきたすことになる事態を想定できなかったのか,

 小学校の教師がやったことの影響力は大きい。

 こういう犯罪行為は許されないが,

 教師が「土曜授業はいやだ」と思う気持ちはわからないでもない人は多いだろう。

 勤務日の振り替えがなかなか難しいのが教員という仕事の特徴である。

 今回の「爆破予告」が「教務主任」という立場の中堅教師によって行われたことの意味は,

 知っておいていただけるとよいかもしれない。あくまでも私の想像だが,

 なるほどそうかもしれないな,と思っていただけるかもしれない。

 教務主任の一番重要な仕事は,日々の教育課程の管理である。

 その中心は,アルバイト経験者なら「シフトの割り振り」と言えばお分かりになるだろうか。

 簡単に言えば児童,生徒の「出欠席の管理」や教師たちの「時間割の管理」である。

 しかし,小学校という場所は,体育館やプールなど,調整が必要なところ以外の時間割は,

 各担任が勝手につくることができるから,中学校や高校などに比べるとはるかに楽である。

 私は教員数数十名の中学校で時間割をつくったことがあるが,まさに「パズル」そのものである。

 パソコンソフトを使っても完璧にコマを埋めるのは難しく,最後は手作業で

 「全時間うまる」まで徹夜で悪戦苦闘する。こういうストレスは小学校教師にはないだろう。

 問題は,土曜授業などの実施の際に,校長・副校長と一般教員の間にはさまって,

 いろいろな調整をしなければならない,「板挟み」職であるということである。

 校長や副校長は早い話が人事権もない中途半端な中間管理職なのだが,
 
 実際の調整は教務主任(普通は「主幹」という職の教員がつとめる)が行うため,

 不満のはけ口にもなりやすいということだ。

 今回の「爆破予告」の「理由」ははっきりしている。

 「土曜授業をやめろ」である。

 ただ,本人が嫌だっただけかもしれないが,

 自分も嫌なことを,人と一緒にやらなければならない仕事は,普通の人でもつらいものだろう。

 日本の教師の中には,「公務員」というものの意味がわかっていない人がいるから,

 上司の命令でも平気で「嫌だ」という。本当にやらなかったら懲戒処分になるから,

 「嫌々ながらもやる」のが多くの公務員である。

 ただでさえ教育の成果なり効果なりが疑問視されているところに,

 ますます「やる気のない人たちのやる気のなさに拍車をかけるような施策」を実施せざるを得なかった

 教育委員会の判断もつらいところがあっただろう。

 特に,土曜授業を実施して成果が上がっている(あるいは上がったことにしている)地域が近くにあると,

 最悪である。

 「どうして同じ公立の学校なのに,うちではやらないのか」

 という「納税者」の意見に抵抗するのは難しい。

 横道に逸れてしまった。

 バスの手配ができなかったJTBの社員の問題とは少し違う点もあるが,

 とりあえず,すぐに犯人が見つかってよかった。

 さもないと,

 「暑くていやだから運動会を中止にしろ,中止にしないと・・・・」

 という脅迫事件がすぐに起こってしまうようになるかもしれない。

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より