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ロイロノートの将来性~ICT活用能力の育成

 教育環境の将来性に関心をお持ちの方に。

 30年前に書かれたものとして読んでみても何の違和感もない文章が教育の世界にはごろごろしている。

 それだけ「不易」の大切さを知るきっかけにもなるわけだが,ICT教育というと

 話は別である。

 「~するのが専門家だ」などと偉そうなことばかり羅列され,

 中身のない教育論に飽きた方に,口直しのような情報をご紹介したい。

 ICT活用能力の育成が求められているが,問題になるのは多額の費用の負担をどうするかということ。

 使える機器,ソフトなどが増えてきている実感はあるが,

 たとえばiPadを活用しようとすると,機器に4万円,通信費は年に6万円かかる。

 私立学校ですら,これを保護者に負担させることには相当の勇気がいるだろう。

 孫さんが「教育利用の場合の通信費は年1万円」などという大決断をしてくれれば,

 iPadはあっという間に1人1台の時代が来るような気もするが,

 iPadの価格が下がらないのも痛いところである。

 先日は,ロイロノートという授業支援アプリを体験してみたが,

 とても優れたツールであることがわかった。

 「ロイロノート」で検索していただければ,

 実際に使用している児童や生徒が動画で紹介されているから,すぐに確認できる。

 無料体験も可能である。

 iPadかWindows8.1で使用できる。

 機器の価格さえ下がれば,学校現場で一気に普及しそうなアプリである。

 マウスを使わずに,パワーポイントで作るようなプレゼンがすぐに完成する。

 打ち込んだ文字,カメラで撮った画像,インターネット上の画像,手書きのメモ,

 色をつけた絵なども,あっという間に1枚のカードとなり,カードの角からなぞると

 他のカードにつながる線がでて,発表の流れをすぐに作り出せる。

 最初のカードの端をタップすると,そのうしろにすべてのカードが収納され,

 もう一度タップすると,きれいに並べて表示される。

 子どもが作った作品は教員にすぐに提出することができ,教員の機器では

 その一覧が見えるほか,教員や子どもが作った作品を配布することもできる。

 他人が作ったカードの一部を「ちょうだい」して,自分の作品に取り込んで再構成

 することも容易である。

 パワーポイントの左端に縦に並ぶ各ページのプレビューが,机の上に広げられている

 イメージである。つながりの線はタップすると消え,新たに別の関係(順番)を作り出すのも

 容易である。

 タブレットを使わせたくないときは,生徒の機器をロックすることもできる。

 会社の想定にはないような使い方もいくつか考えられる。

 売り物になるかもしれないのでここでは紹介できないが,各学校にiPadを普及させる起爆剤に

 なるかもしれない。

 今後,新たな実践事例が増えていくことだろう。
 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より