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「制スマホ」で学校崩壊?

 便利な道具は,どんどん使うべきだ,という「文明絶対主義者」の原理主義は,

 学校のようなすでに制度疲労の限界に近づいているものにとどめを刺す破壊力をもっている。

 スマホは中高生にとってゲーム機であり,通信機であり,落書き帳である。

 スマホを駆使して学力向上し,有名大学に合格した,なんて高校生を生み出そうとやっきになっている業者がいるかもしれないが,実現するとは思えない。

 授業をうけるより,スマホのアプリで「受験サプリ」を受けていた方が効果が高い,

 という「実験結果」は得られるかもしれないが。

 「受験学力」をつけさせるのに,もう「学校のカリキュラム」は「足手まとい」でしかない,

 という時代も来るかもしれない。

 スマホの利用状況について,教師がアンテナをはって,ネットいじめが起きていないか,監視するような役割を担ってからまだ日は浅い。

 そのうち,「スパイ役」の生徒が任命され,網にかかってくる「いじめ・加害者」を捜索するような

 「捜査」が始まるかもしれない。

 教師に対して,こういう仕事だけは課さないようにしていただきたい。

 子どものスマホの利用について,責任をもつべき主体がだれかは明らかである。

 利用状況のすべてが親に筒抜けになるような仕組みがほしいところである。

 どのような機能を何時間ずつ利用していたかというデータだけでもかまなわない。

 こういう仕事を請け負おうとした学校は,考えが甘すぎた。

 これで学校が崩壊したら,本当に気の毒であるが,

 一度与えた「おいしいもの」をとりあげると,子どもはどうなるか,

 子育て経験者ならわかるはずだろう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より