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「教育」のやりにくさを感じる相手は,有望な人間かもしれない

 教員の多くは,教育改革が実行されても,学習指導要領が改訂されても,

 あまり変わらない日常を送っている・・・・・

 多くの若手教員の感想である。

 「自ら学ぶ意欲」が最も求められているのは,子どもと年齢が離れたベテラン教員だ,

 という声も聞かれる。

 変化に対応できる能力は,かつての教育では身につかなかったのかもしれない。

 しかし,今の若い教員たちは,自らが学んだ教育の成果を出していくときである。

 とはいえ,今の若い人たちには,「教わろう」という気がないように思えたり,

 「覚えが悪い」という気がしてならない,という声もよく聞く。

 「とにかく,知識が乏しい」というのは,

 大学の教員養成(に限ったことではないかもしれないが,私が聞いた範囲)の教員の話である。

 若い人たちは,

 「自ら学び,自ら考える」習慣をつけているはずである。

 そのための教育改革であった。

 しかし・・・・もうすでにおわかりかもしれないが,そういう教育をしなければならなかったのに,

 できていなかった・・・・というより,そういう教育をしなかった・・・・・

 結果が,今の若い人たちではないか,という考え方も成り立つ。

 素直に先輩の言葉から学び取ろうとする態度がついていないのは,

 自主・自立の精神が強くなりすぎたためか,

 それとも,「聞く力」すらついていないためなのか。

 若い世代に期待ができないと,

 「滅亡」という言葉が現実味を帯びてくる。

 ジャック・アタリの『危機とサバイバル』では,

 生き残るための「積極的戦略」が提唱されている。

 1 自己の尊重

 2 緊張感

 3 共感力

 4 強靱さ

 5 独創性

 6 ユビキタス

 7 革命的な思考力

 今,若い世代の「教育」で悩んでいる関係者たちにとって,

 1から7までの項目のうち,自らに欠けているものは何かを自ら感じ取ってみたい。

 なお,7は1のためにある,という円環構造を上の7つはもっていることも頭に入れておきたい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より